特別書庫:関西紀行編

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 桂から乗った阪急電車で終点の河原町まで行きました。

 地上に上がるとそこは“京都”そのもの。普通なら新京極・先斗町と散策するところなんでしょうが、脇目も振らずに鴨川を渡り京阪四条駅へ向かいました。

 「初体験」の地下の京阪四条から乗った電車で出町柳へ向かいました。

 出町柳からは「えいでん」に乗車します。

 「えいでん」こと叡山電鉄は今回が初乗車です。叡山電鉄は出町柳から鞍馬や八瀬方面へ向かう電車で元は京福電鉄の叡山線でした。私が中学の頃まで叡山線はポール集電。確か国内で最後までポール集電で残っていた電車でした。パンタグラフになったのは確か京都市電が廃止になった頃だと思います。

 ポール時代に叡山線に行ってみたかったのですが、結局は叶いませんでした。そしてその後も当時は出町柳まで京阪電車が開通しておらず不便な事もあり、叡山線には行かず終いになっていました。

 今回漸く、叡山線改め「えいでん」こと、叡山電鉄に乗る事が出来ました。


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 出町柳から一日フリー切符「えぇきっぷ」を買って「えいでん」に乗ります。「えいでん」は路面電車と同じ料金の収受の方法なので、「えぇきっぷ」はいろんな電車に乗るのには好都合です。


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 出町柳で乗った電車を車庫のある修学院で降ります。すると程なくやってきたのはデオ900形「きらら」。観光地を走る「えいでん」らしいパノラマ電車です。新しいワンアームのパンタグラフも「えいでん」で見るとポールに見えてしまうのは私だけでしょうか???


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 修学院の車庫に京福時代の色をした電車が止まっています。デオ600形とデト1000形です。敷地外から見えますので、折角ですからスナップしました。デオ600形は今でも釣掛式で残る貴重な電車ですが、ワンマン対応ではないので今ではイベント用になっています。
ちなみにデオ600形の「デオ」とは「電動車」の「大型」の意味だそうで、以前は「デナ」「電動車」の「中型=ちゅうがた=なかがた=ナ」という呼号もありました。

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 お隣の宝ヶ池は鞍馬方面と八瀬方面との分岐駅。このあたりまで来ると随分のどかになってきます。やって来たデオ720形は途中駅の二軒茶屋で折り返してきた電車です。


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 宝ヶ池からは鞍馬行きの「きらら」に乗りました。先ほど修学院で撮った電車です。車内はご覧の通り景色がよく見えるような座席配置になっています。


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 50パーミルの急勾配を登り、終点の鞍馬に着きました。こちらは鞍馬寺の入口。ここから先へはケーブルカーがあります。昔の「中型」電車、デナ21の生首・・・失礼、モニュメントが印象的ですね!時間があればケーブルカーにも乗ってみたい所ですが、今回は乗ってきた「きらら」ですぐに出町柳へ戻りました。

 「えいでん」は京都の山合いの魅力がぎっしり詰まった電車でした。今度は新緑や紅葉の時期にじっくりと撮影したい“ええでんしゃ”だと思います。

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 昭和40年代の関西の私鉄電車には殆ど方向幕が付いていませんでした。その代わりに各鉄道会社毎に特徴ある方向板が付いていました。

 阪急も例外ではありません。阪急の電車で初めて方向幕が付いたのは、地下鉄御堂筋線乗り入れ用の3300系・5300系を除けば昭和50年の6300系・2200系になります。

 その方向板付きの阪急電車、それはそれはとても個性的でした。阪急でも神戸線に馴染みがあった管理人のお気に入りは、青色ベースの(須磨浦公園|特急|大阪梅田)というヤツ。それを付けた当時の最新型である5000系はとても素敵でした。

 今ではさすがに関西の私鉄も方向幕が主流。阪急も例外ではなく、方向幕が無い電車も改造で方向幕を付けるようになって来ました。

 でも、今津線と嵐山線には未だに方向板を使っている電車がいます。

 その中でも嵐山線で唯一残った方向板付きの2309Fは前パン仕様。梅田へ向かって前パンをかざして走る懐かしの「新阪急顔」の面影が残っています。「古い」のに「新」阪急顔とは、というところですが、以前は2309Fのタイプの「顔」をそう呼んでいたのです。

 桂で阪急の懐かしい「顔」を見た時、思わず子供の頃「関西の親戚」に来た時に仲良くなった「初恋の女の子」に再会した気分になってしまいました・・・(ってどんな感じなの???)
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 「マルーンの疾風(かぜ)」・・・阪急電車の事をこう言うそうです。今でも阪急のカレンダーはこのタイトルが付いているようなのですが、私は本当にこのキャッチフレーズが大好きです。

 私にとって阪急は、関西の中だけでなく全国の鉄道の中で一番好きな鉄道会社でもあります。

 子供の頃兵庫の祖母の家に行った時、大阪に行くとき必ず使う阪急電車。その「優しい顔付き」にシックな「マルーン」の塗装。中へ入れば「木目」に「ビロード調の毛足の長〜いシート」。そして窓にはアルミの「よろい戸」等々。とても関東ではお目にかかれない電車たちでした。

 その阪急の中でも京都線は一番の本線格。クロスシートの特急2800系やその後継車6300系が京阪間をノンストップで走る姿は「私鉄大国・関西」を象徴するものでした。

 久々にその阪急京都線へ行ってみました。

 大山崎駅で乗った電車を降りたのは桂駅。ここで少し撮影しました。昼間の桂は特急と準急の接続駅。いや〜、でも特急が増えました。これはJRとの速度競争をやめて停車駅や本数の多い、地元密着のダイヤに変えた結果のようですね。

 そんな今の特急には特急専用車6300系に加えて8300系や9300系、はたまた3300系までが使用されていました。たしかに停車駅が多くなれば「3ドア車」や「ロングシート車」の方が使いやすいかもしれません。

 でも、やはり京都線の特急と言えば6300系でしょう!誕生から33年が経った今でも、その誕生時から変わらぬ「端正な顔立ち」は健在。「マルーンの疾風」という言葉は6300系のために創られた言葉なのかも知れません。

 ところが6300系はその活躍に変化が出ているようです。桂では6300系の休車も見掛けました。確かに今の運行形態では「2ドア・クロスシート」はチョッと使いにくそうですね。その点、最新型の9300系は日立の「A-train」仕様の新しい電車で、その車内は今後の阪急京都線特急車の方向性を示す「3ドア・クロスシート」なのです。9300系は今の阪急としては使いやすい電車に感じます。

 変化の時期を迎えている阪急京都線の電車たち。特に6300系の「走りっぷり」を記録するのは早めの方がいいかも知れませんね。

 
 今回、二回に分けて訪れた「山崎カーブ」。久し振りの撮影でしたが、とにかくその通過する列車の多彩振りには只々驚くばかりでした。

 以前、訪れたのは昭和56年。四半世紀以上昔な訳ですが、当時は結構、車種がシンプルでした。
    ※その時の記事はこちら
         http://blogs.yahoo.co.jp/hiromiya_1638/28022297.html

 内側線には新快速の117系、快速の113系、普通の103系。そして外側線は殆ど旅客列車は走らず、来たとしても485系が殆ど。そんな感じでした。

 それが今では国鉄形・JR西日本形・JR東海形などのさまざまな列車が行き交います。走る車両が多彩になったのは、和歌山方面や鳥取方面が京都始発になった事や、大阪の宮原電車区「大ミハ」の車両が京都総合運転所「京キト」所属になり、その関係の回送も多く走るようになった事もその一因のようです。

 さて、今回は「連張り」で車両を紹介します。


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 こちらは左が普通専用の321系で右が221系。221系は高槻まで快速でそれから京都寄りは普通になる運用です。221系は先代の「新快速」用車両でもあります。


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 こちらは見ての通りの485系「雷鳥」。三年後の置き換えが発表されました。「絵入りマーク」の姿は約30年変わっていません。


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 この二枚は福知山線の特急「北近畿」の回送。「北近畿」にはJR西日本色と国鉄色が存在するようですね。


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 EF200の貨物がやって来ました。外側線には貨物列車も設定されています。EF200が多かったですね。

 
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 こちらは紀勢線の特急「くろしお」用381系の試運転。381系も随分「海っぽい」色になったものです・・・。


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 漸く「山崎カーブ」のレンズワークも慣れて来ました。こちらの223系はノートリミングでお気に入りの一枚です。


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 これは智頭急行の車両。特急「スーパーはくと」のHOT7000系。これは回送でなく京都行きです。反対側のスタイルの方がカッコいいです。


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 最後は関空特急「はるか」の281系。これはたくさん走っています。もう、撮り放題って感じです。でも6連なので、結構撮りづらいです・・・。

 首都圏で「銀色」で「LEDの行先表示」の電車の撮影に飽き飽きした「あなた」、湖西線の撮影もセットで京都近辺の撮影に出掛けてみてはいかがでしょうか?必ず「ストレス解消」が出来るぐらい、シャッターを切れますよ!(私の事かな???)
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 今回の関西遠征、きっかけは「銀河」の廃止でした。

 その昔、広島に住んでいる時、東京から真っ直ぐに広島へ帰るのは勿体無くってよく乗った「銀河」。まだ20系の時代でした。また反対に広島から東京へは「あさかぜ」の利用が多かったですね。そしてその「あさかぜ」は24系25形100番台。こんな感じでした。

 また、高松の友人の結婚式にはブルトレ時代の「瀬戸」で東京〜高松の往復が定番。兵庫の親戚宅から東京へ戻るのも「あさかぜ」だったかなぁ・・・。

 今の「銀河」は24系25形100番台。そんな事から廃止前に「是非、乗っておきたい!」と、思うようになったのです。

 本年3月15日のダイヤ改正は「ブルトレ最終章」の始まりの感があります。「銀河」「なは・あかつき」の廃止や「日本海」「北斗星」の減便など、もう「止まらない」感じです。利用客の減少もありますが、車両の老朽化は如何ともし難いようです。

 そんな事から今回の関西遠征のメインは「銀河」のお名残乗車と「ブルートレイン」を初めとした夜行列車の撮影にしたのです。

 朝から「なは・あかつき」・「日本海」と撮影した後は「トワイライトエクスプレス」の撮影です。

 「トワイライトエクスプレス」は大阪と札幌を結ぶ豪華夜行列車として有名です。東の「カシオペア」西の「トワイライトエクスプレス」といった所でしょうが、軍配は「トワイライトエクスプレス」にあがる、という意見も多いようです。

 ところで今回の関西遠征は勉強不足のままで出掛けました。チョッと勉強する時間的余裕が無かったのと、「117系原色」のように狙った車両が運用の関係でいつ撮れるかわからないので計画が立てられなかった事もあります。

 朝に続いて山崎のカーブへやって来ました。山崎では大阪行きの「トワイライトエクスプレス」を待ちます。大阪行きの「トワイライトエクスプレス」は山崎のカーブでは一番反対側を通過します。つまり被る可能性が一番高いところを走るわけです。

 通過予定の時間になっても大阪行きの「トワイライトエクスプレス」は現れません。普通電車と被らないか心配になって来ました・・・。

 あれっ?今日は運転日じゃなかったのかな???、と、思った瞬間、大阪方面から現れたのは・・・

・・・札幌行きの「トワイライトエクスプレス」です!

 慌ててカメラを構えます!ん?シャッタースピードは?露出は?フォーカスは???

 慌てましたがなんとか撮れました!これで一安心です。

 「やっぱり、今日は札幌行きの日なんだ。」と思い、カメラをしまって撤収しようとした瞬間・・・

・・・大阪行きの「トワイライトエクスプレス」が来るではないですか!完全に「カシオペア」の感覚に陥っていたようです。(カシオペアは一編成しかないので両方向きで走ることは絶対無いのです)

 なんとか間に合いました!

 でも、なんと、結果、両方向の「トワイライトエクスプレス」が撮れてしまったのです。これは嬉しい誤算でしたね。

 右往左往しながらの「トワイライトエクスプレス」の初撮影。今度は落ち着いて撮りたいですね。そしていつかは「乗ってみたい!」・・・これが本音かな。

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