”なつかしいもの” 関東地方

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 新年早々、大変申し訳けありませんが「ちょっとブレイク」をしてしまいます。

 今年の「撮り始め」は北関東にしました。

 この日の目的は、三月の改正で広範囲に「ワンマン運転」を開始する東武線です。

 「ワンマン運転」開始。これには非常に大きな意味があります。

 「ワンマン運転」を開始する線にて今運行中の電車は、「釣掛式」の5050系や「りょうもう号」の格下げの1800系が中心。と、いう事は「ワンマン」対応の800・850系が入線する事により、これらの車両の将来も危うくなって来るはずです。

 もっとも、利用者にとっては「快適」な車両が良いのは間違いない訳で、これは当然の流れだと思います。

 こんな個性的な車両が走る東武電車ですが、この3月の改正では“より便利に”“より快適に”変わっていくようです。

 この様な電車が走る「ミニ国鉄」の東武電車も、いよいよ「脱・国鉄」の時を迎えているようです。

 「釣掛式電車」と「急行格下げ車」。今どきのJRでも見られなくなった車両達。お近くの方は、今のうちに「体験乗車」をしてみてはいかがですか?


           撮 影 : 2006−1−2   渡 瀬 駅


                 上の二枚:5050系

                 下の二枚:1800系 一般車

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 皆さん、新年早々から「なつかしの鉄道」にご訪問戴き有難うございます。

 さて、昨年は景気も動向も年の後半から若干上向いたものの、鉄道においては「不幸な事故」が続いた年でした。

 それに加え、鉄道車両や列車の世代交代も多かった年でした。今年もその傾向は続き、年の前半から「消え去る運命」の車両や列車が控えています。

 今年も「なつかしの鉄道」は過去の画像の紹介を中心にお送りしながら、「消え去る運命」の車両や列車にもスポットを当てていきたいと思います。

 新年は三が日は更新を停止します。次の更新は一月四日を予定しています。内容は「飯田線」の続編になります。

 改めまして、本年も「なつかしの鉄道」をよろしくお願いいたします。

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 いつも「なつかしの鉄道」にお越し戴き、誠に有難うございます。

 8月に開設した「なつかしの鉄道」も、皆さんのおかげで何とか年末を迎えられる事になりました。

 私としては、鉄道車両の世代交代が進む中「鉄道趣味」に復活した今年でしたが、このブログを開設し、そして画像をみなさんに見て頂きたいために「最後の活躍」の記録ができた車両もたくさんありました。これも皆さんが当ブログに来て頂けたおかげなのです。本当に有難うございました。




      <<ところで年末に当たり、管理人ひろみやからのメッセージです。>>


 「なつかしの鉄道」はご覧の様な「懐古趣味的」ブログ。お越しいただいた方々に、「自分達」の「昔」の出来事を思い出してもらえると思っています。ところが・・・。

 誰一人「昔」へは戻れません。

 私、ひろみやも「昔」は好きです。でも「今」はもっと好きですし、「未来」はもっともっと好きです。

 当ブログにお越しいただいた方、当ブログで「昔」を懐かしんだ後は、より「元気」になって「今」に戻ってください。そして「未来」へ進んでください。

 当ブログの画像で「昔」を冷静に思い出すと、きっと「今」のほうが素敵だって気が付くはずです。そして「未来」はもっと素敵です・・・。

 そんな形で、当ブログの画像が皆さんのお役に立って頂ければ、私はこのブログを続けていて良かったなと思えるのです。

 皆さん、今年一年、有難うございました。来年もよろしくお願いいたします。

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 前回の鶴見線の記事で予告した通り、今回はクモハ12の「大仕事」の記事を書きます。

 私はこの時期、“鉄”休業中の身で「記録損ねた」車両も沢山あるのですが、鶴見線だけは別でした。その理由は一時期、鶴見線のクモハ12が鶴見線の本線である鶴見〜扇町や鶴見〜海芝浦を走った時期があったからです。

 昭和63年、JRが発足すると国鉄時代にも増してJR各社は合理化を進めます。今からするとそのおかげでかなりの「珍車」も登場しました。

 JR東は、鶴見線の合理化の為に「昼間は鶴見線全線でクモハ12を運行する」事にしたのです。

 これにはビックリしました。なんと言っても「各線120分間隔」もあるのですから。

 思い切った事をしたと思います。これが功を奏した(!?)のか、土・日の鶴見線は日中は大賑わいになってしまいました。

 ただ、それが増収につながったかというとわかりません。さすがに混雑がひどくなったのと故障もあり、その後この「大仕事」は終了、平成8年大川支線も改良工事を行い103系が入線出来るようにして鶴見線の完全高性能化が完了したのです。

 平成の世に昭和初期の茶色い電車が当たり前の顔で走っていた当時の鶴見線。昭和が残した最後の「晴れ舞台」だったのかも知れません。

 今は205系が音も無く走り去る鶴見線。10年前までこんな「昭和ロマン」の風景が展開されていた事はやはり「奇跡」としか言いようがありません・・・。

 次回の記事からは、御殿場線・身延線は記録がないので、その分「飯田線」を特集したいと思います。

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 今、首都圏のJRの電車は全てが銀色になろうとしています。そんな中、路線別にボディカラーを変えた電車達が消えてゆこうとしています。中央線のオレンジも約50年の歴史を「色帯」に託して終えようとしています。

 ところで色付きボディの前は、どの路線の電車も「ぶどう2号」と呼ばれる茶色の電車が走っていました。この色は、最近まで鶴見線や小野田線で見られた色の事です。

 昭和46年頃まで、都心でもこの茶色の電車は中央線・山手線以外の各線で見られました。京浜東北線・総武緩行線・常磐線などでも見られ、それ以外の支線群では当たり前のように我が者顔で走っていました。

 昭和50年代になると、都心の路線の冷房化で捻出された103系を使って、茶色の電車の置き換えが始まりました。昭和52年の青梅・五日市線や昭和54年の横浜線など、次から次へと101系や103系に置き換わって行きました。丁度、昨年、103系があちこちで引退したのと同じ状態でした。

 最後に残ったのは鶴見線でした。これも昭和55年に101系に置き換えられます。ここには仙石線にいた103系の車体化へのアコモ改造車の第一号であるモハ72970という変わった電車がいました。このノウハウを仙石線用に生かしたのでしょう。ただ、この電車は103系化されずに他の仲間と一緒に廃車になりました。

 但し、大川支線だけは線区の特殊事情から17メートル車のクモハ12以外の入線が出来ず、一番古いクモハ12だけが残るという現象が起きてしまいました。

 ところがこの偶然残ったクモハ12には、JRの合理化の関係で昭和の終わりから平成にかけてとんでもない「大仕事」が待っているのです。

 次回はその「大仕事」についての記事を掲載したいと思います。

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