”なつかしいもの” 関東地方

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

20系急行「銀河」

イメージ 1

イメージ 2

 ちょっと小特集で20系客車をお送りいたしましたが、今回はその最終回になります。

 急行「銀河」は今でも東京〜大阪間を走る寝台急行として走っています。30年くらい前までは10系寝台車で運行されていましたが、寝台急行としては早いうちに20系に変わりました。

 今回、20系の小特集の中の皆さんのコメントの中に「銀河」の事が多く出てきました。「銀河」は運行区間の関係もあってか、比較的馴染みやすい列車なのかも知れません。今回のGWでは「銀河」に乗って旅行された方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 私も20系を選んで乗っていましたので、「銀河」にもお世話になりました。20系の時代でしたから東京〜大阪間はちょうど良い距離だったのかも知れません。それ以上長距離ですと寝られるかが心配でしたから・・・。

 昭和50年代が「銀河」が20系の時代でした。テールサインは、最初は「天の川」などと同じ「急行」標示でしたが後年になって絵入りのものに変わりました。絵入りのものは「銀河」らしいデザインで、20系の後継の14系や今の24系にもそのデザインは引き継がれています。欲を言うと同様のデザインでEF65にもヘッドマークが付かないかなって思いますね。昔、急行でもヘッドマークをつけた列車があった訳ですし、特急「北陸」のようにテールサインのデザインからヘッドマークを創った例もある訳ですから。

 画像はテールサインが「急行」標示のものは東京駅、絵入りのものは大阪駅です。東京駅の一枚は春休み期間にもかかわらず、人がいないなって思います。いくら「急行」標示でも今ならこんな事はないでしょう。当時、ブルトレは「特急」の絵入りのものしか人気が無かったのです。

 さて、20系の小特集はこれで終ります。次回は上野口の列車にスポットを当ててみたいと思いますが、その前にちょっとばかり「ゴールデンウイーク特集(!?)」をさせていただきたいと思います・・・。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 ブルトレ20系の記事が続いていますが、20系最後の定期特急が「あけぼの」でした。

 「あけぼの」は今でも存在する列車ですが、行き先は青森で同じですが今の「あけぼの」と昔の「あけぼの」は経由地がまったく違うという、別列車といった方がいいかも知れない列車です。今の「あけぼの」は高崎・上越・信越・羽越・奥羽線経由ですが、昔の「あけぼの」は東北・奥羽線経由、つまり山形・新庄経由だったのです。

 今ではその線路には「山形新幹線」が走っているのでこのような回り方になってしまうのでしょう。でも、やはり私の「あけぼの」のイメージは奥羽線経由の時代、上野口で東北線専用だったEF65−1000に牽かれてシックなヘッドマークを付けて走る姿なのです。

 もっとも、この画像の時期はヘッドマーク受難時代で「あけぼの」にもヘッドマークは付いていませんでした。やはりヘッドマーク付き時代の20系の「あけぼの」が、カッコ良かったです。

 東北の夜行列車の中ではどちらかと言うと地味な存在だった「あけぼの」ですが、秋田・弘前地区の人たちにとってはなくてはならない存在でした。「故郷に錦を飾る」列車であったはずです。そんな地味な存在からなのか、輸送力の問題からなのか、「あけぼの」は昭和55年10月の改正まで最後の20系特急として残りました。

 画像は昭和54年4月、上野駅での「あけぼの」です。ちょっと変色がひどいネガですみません・・・。これ以降のブルトレ特急は14系・24系の独壇場になって行きますが14系・24系はどちらかというと「経済的」な思想のブルトレで、後に色々なバリエーションが登場しますがこの頃は形式のバリエーションもシンプルなものでした。

 そんな事を考えると、20系が定期特急から退いたこの時代に実は「ブルトレ」の凋落は始まっていたのかも知れませんね・・・。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 20系「あさかぜ」の記事が二回続きました。で、20系が登場したので“ついで”と言ってはなんですが、20系の記事を続けましょう。

 本当なら九州ブルトレの20系をご紹介するべきなんでしょうが、タッチの差で九州ブルトレには間に合っていないひろみや、その他の20系のご紹介です。

 以前、20系の「北陸」に乗った事があるとの話をしました。今回はその「北陸」で着いた上野駅の記事です。

 昭和53年8月、秋に14系に変わる予定だった20系「北陸」に乗りました。

 「北陸」はブルトレの中では新参者でした。また上野〜金沢という運転区間はブルトレとしては比較的短い方でした。当時は金沢発22時頃で上野に5時半頃の到着だったような気がします。

 52cm幅のベッドに驚きながら寝る事約6時間、列車は大宮に到着しました。大宮から赤羽通過まで走行音をテープに録音しました。もっともモノラルのカセットレコーダーでしたが。

 上野駅に到着すると凄い人だかりでした。夏休み期間とはいえ、20系特急の人気は凄かったです。もちろん14系に変わってしまうって事もあるんでしょうが・・・。まともに全体が撮れませんでした。

 当時の「北陸」の牽引機はEF58。「つらら切り」付きの雪国仕様でした。まだヘッドマークは付いていない時代ですが、ゴハチの牽く20系は撮ってみたかったですね。

 「北陸」が推進で尾久へ回送されて行きました。すると隣りのホームには20系急行「天の川」が止まっていました。こちらは人気薄。テールマークが「急行」じゃあ・・・ね。この頃20系と言っても「特急」では珍しくなってきましたが、まだまだ急行に10系寝台車があった頃ですので、20系の急行には魅力を感じませんでしたね。

 そうは言っても20系の特急は残り少なくなり、あとは「あけぼの」を残すのみとなっていきます。そんな時代だったと思います・・・。

開く トラックバック(2)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

 前回の記事で臨時「あさかぜ52号」の紹介をしましたが、この20系の臨時「あさかぜ51号・52号」はこの後も長い間20系の臨時寝台特急として走りました。その後「あさかぜ81号・82号」となり平成になる頃まで走り続けました。

 20系が好きな私は、この「あさかぜ51号・52号」を好んで乗りました。私が旅行するのは大抵が繁忙期。他の寝台券が取り難かった事や三段式寝台は値段が安かった事もあって好んで乗りました。

 また、この臨時「あさかぜ」に使用された20系は白昼堂々回送される姿がよく確認されました。丁度、下関方面から回送で上って来る時間が中学の下校時と重なっており、広島の五日市駅でその姿をよく見かけました。私はその時間を知っていましたので記録に残せました。今のように携帯の掲示板がない頃ですから見送る「同業者」はいませんでした。

 この回送を米原駅でも見かけた事がありました。やはり白昼堂々、本線上を走る20系は人目を引きました。

 画像の紹介です。上の二枚は東京駅に到着した「あさかぜ52号」。次は五日市駅に停車中の上り回送列車。最後は米原駅での上り回送列車です。

 この20系「あさかぜ」は同じく20系「銀河」と共によく乗りました。今、考えれば好んで20系に乗ることもないのですが、今ではいい思い出になっているのではと思いますね。

 

開く トラックバック(1)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

「走るホテル」と称された20系寝台車は、昭和53年に定期「あさかぜ」から引退した後も寝台特急としては「北陸」や「あけぼの」で使われていましたが、その後、程なく引退して行きました。

 私は一度20系「北陸」に乗った事があります。昭和53年夏の事です。やはり20系の特急に乗っておきたかったのです。

 私たちの世代は本当の事を言えば「ブルトレ」は20系の事。14系や24系は「味気ない車輌」と思っていました。

 ところで24系になった「あさかぜ」は通常に二往復の体制。それに加えて多客時には臨時「あさかぜ」が走っていました。

 その臨時「あさかぜ51号・52号」に突如、20系が復活したのです。

 昭和54年春、臨時「あさかぜ52号」に乗りました。

 広島から東京まで、モノクラス編成でしたが古きよき「あさかぜ」を体験できました。

 が、ベッドが狭い!「北陸」には乗った経験がありますが52cmのベッドで東京までは長いです。果たして寝る事が出来るかな、そんな事を思いました。

 でも、心配無用でした!「103系のロングシートの奥行きと同じ幅」のベッドでは寝返りが打てないので「熟睡」できたのです・・・(笑)。

 名古屋で大半の乗客が降りてしまいました。みんな新幹線に乗り換えるようです。

 程なく、初めて見る「解体ショー」(マグロではなくベッドの)が始まりました。「解体」の必要がない二段寝台車や電動で「解体」の出来る14系・24系の三段寝台車に対し、20系の「解体」はまったくの手作業。でも、これが非常に手際が良いのです。

 通路で「解体」を待つ事しばし、103系と同じ奥行きのシートが出来上がりました。14系や24系の「70cmの奥行きのシート」より座りやすいのです。

 車内販売の駅弁を楽しみながら、東海道の車窓を楽しみました。

 先頭のナハネフ22からは牽引機のEF65−1000が良く見えます。ちょっと残念だったのはEF65−500でないことかな・・・。

 東神奈川では横浜線の72系が見えました。もうじき横浜線から引退する、そんな時期だったと思います。今でこそ205系が走る通勤路線の横浜線ですが、この頃まで旧形国電が走っていました。でも、さらに9年を遡るとC58牽引の貨物列車が走っていたのです・・・。

 定刻に東京駅に到着しました。その頃はブルトレブーム真っ只中。20系の「あさかぜ」は新型ブルトレの中にあってもひときわ目立つ存在。ホームでは20系を撮る多くの少年たちのカメラのシャッター音が聞こえていました。


.
ひろみや
ひろみや
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事