”なつかしいもの” 近畿地方

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

地下鉄御堂筋線

イメージ 1

 “なつかしの鉄道”関西編もいよいよ今回が最終回。最終回は何の記事にしようかと考えたのですが大阪の地下鉄を紹介する事にしました。

 大阪の地下鉄は東京の地下鉄に遅れる事6年、昭和8年に開業しました。常に「日本一」を目指す大阪人のこと、半端な地下鉄は造りませんでした。

 当時開業した駅は殆どが画像のような大きなドーム状の駅で、一両の電車で運行開始したにも拘らずホームは当時から6両分あったとか。この画像は開業50年の昭和58年でしたが、殆どそのまま使えていたほどの立派な設備でした。

 さすがにその後開業した路線はそうは行かなかったようですが、東京の地下鉄銀座線の設備と比べてしまうと「日本一」以上の立派さがありました。昔の大阪の方が初めて東京の地下鉄に乗るとその設備の違いに驚いたという話もあります。

 この御堂筋線はとにかく利用客が多く、バイパス路線をいくら造っても混雑が解消しませんでした。それは梅田と難波を結ぶ御堂筋の周辺が大阪の中心である事を物語っています。今は、どうなんでしょうね。

 「雨の御堂筋」で有名な大通りの御堂筋。2・5・2の片側九車線の一方通行だったと思います。そのスケールの大きな御堂筋の地下もスケールの大きな地下鉄が走っています。御堂筋線は「大阪の大阪らしい」鉄道風景ですね・・・。





 多くの方にお越しいただいた関西編。5000HITも達成し、皆様からも多くのコメントをいただきました。まだまだ紹介したい画像はあるのですが、それはまたいつかという事にしたいと思います。


 次回以降の“なつかしの鉄道”は「少し新しいもの〜当ブログ比」という事で昭和60年代以降の“鉄”休業中の「たまたま」画像をご紹介いたします。でも、たまに「ブレイク」もさせてください。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 わかやま〜、わかやま〜、ご乗車ありがとうございました・・・・。

 牽引機のEF58が離れて行きます。

 あーあ、疲れたなー。早く車庫に帰って休もう、もう、いい歳だからね・・・。

 ところが、前から、「変なの」が来ています。

 え、な、なに???僕は天王寺行きじゃないから、和歌山で終点だよね???

 「ガッシャーン」。前にディーゼル機関車が付いてしまいました。

 茶色の客車はDD13に連れられて和歌山市駅へ向かって発車して行きました・・・・。





 上り紀勢線の終点は「和歌山」ではなくて、南海電車と共用の「和歌山市」。しかも和歌山〜和歌山市は非電化。牽引機は、暖房も使えない「入換用」のディーゼル機関車、DD13でした。

近鉄奈良線

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 大阪っていうか、関西地区は関東と比べ、結構平野が狭く、山に囲まれています。だから、夏の暑さもひときわ厳しいのでしょう。神戸には六甲山地、和歌山へ行くには和泉山地、奈良へ行くには生駒山地を越えなければなりません。

 生駒山地を見た時、ここを近鉄は迂回せずまともに登っている事を知り、ビックリすると同時に非常に興味を持ちました。

 生駒の肝心な部分は「トンネル」で通過するものの、瓢箪山から石切までは急勾配を真っ直ぐ登ります。普通は山を登るときはカーブが多いのですが、ここは「直線」が基本です。

 なかなかこのような線形は他ではあまり見たことがありません。画像を見るとその直線急勾配がわかると思います。

 画像は瓢箪山から石切付近の近鉄電車。鶴橋から直線でここまで来て左に曲がってから急勾配を登ります。

 生駒トンネルを越えると奈良県。大阪のベットタウンですが、どこと無くのどかな雰囲気が漂うのです。

神戸元町“高架上”

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 神戸の三宮から元町にかけて“高架下”という商店街のようなものがあります。東京の御徒町のアメ横にも似たような“高架下”がありますが、神戸の方がどちらかと言えば「一般的」なのかな、と思います。

 神戸の方、ここで「値切る」のを“生き甲斐”にしている(!?)方もいるとかいないとか、なんて話もあるようです。

 その“高架下”は国鉄線の高架下なのですが、“高架上”も楽しい光景が繰り広げられました。

 当時、複々線というと「関西」の代名詞。関東ではほとんどなかった「方向別配線」でした。方向別配線のいい所は、優等車と普通車の乗り換えが便利な事。東京の方は方向別の「御茶ノ水」と緩急別の「四谷」の乗り換え、どちらが便利かを考えていただければわかると思います。

 ここでは「特急・急行・新快速」と「快速・普通」で緩急分離をしていたと思います。関西では他で言う「普通列車」を早い時期から「快速」と呼称し、都市近郊ネットワークの一部を形成していました。関東の東海道線の湘南電車が京浜東北線の「快速」と呼ばれているわけです。つい最近まで「普通列車」が「快速電車」より上位にあった常磐線とは大違いです。

 その中でここ元町は神戸方面への見通しがよく、電車を見るのには「絶好」でした。

 画像上は、西鹿児島発京都行きの寝台特急「なは」。この頃は581系でしたが、今は「ブルートレイン」。関西〜九州最後の寝台列車になってしまいました。

 中は113系「快速」。当時から「快速」の113系は前方の方向幕をきちんと使用していました。これは153系「新快速」もそうでした。

 下は103系「普通」。「スカイブルー」の103系は高速運転をするのか(!?)、東の京浜東北線と同様、結構飛ばしていました。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 皆さんいかがお過ごしでしょうか?12月になりました。先月は多少仕事にも余裕があったので「毎日更新」を目指し、なんとか達成しました。でも、大変でした。毎日更新をずーっと続けている方々、頭が下がります。12月からは当ブログ、仕事や忘年会等で、毎日更新とは行かなくなるかも知れませんが、また一つ、今後ともご愛顧のほどをお願いいたします!

 高野線には高野山という観光地、というか霊拝地を控えています。そのため、以前よりこうや号という特急列車がありました。

 高野線の平地・山岳両用車両のことを「ズームカー」と呼びます。「ズーム」のように汎用性があるって事なのでしょうか?いわば西武電車の「AS(オールラウンドサービス)カー」と同じ意味合いだと思います。

 「ズームカー」には特急用あり、急行用あり、ロングシートあり、と何種類がありました。その中で今回は「ズームカー」の特急列車を紹介します。

 画像上は二代目「こうや」号の20000系。夕方の画像で見にくいのですが、車内の網棚下に蛍光灯が見えます。これが特徴でした。この20000系は一編成しかなく、多客時の増発が出来ず、その場合は一般車のクロスシート車を使って増発していました。

 画像中はその21000系を使用した「臨時こうや」。この21000系にはロングシートのバージョンや貫通型の22000系などの仲間がいます。なお、21000系の残党は大井川に残っています。

 下は昭和58年にデビューした30000系三代目「こうや」号。今でも「こうや」号として活躍しています。この30000系は二編成が造られました。また、今の高野線には橋本行きの特急「りんかん」の11000系、「りんかん」にも使用する四代目「こうや」号31000系という特急車も存在します。

 

 なつかしの鉄道“関西編”。今回で路線紹介は終わりです。次回からは、数回にわたり、関西各地の列車風景をいくつかご紹介します。
 

.
ひろみや
ひろみや
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事