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平成7年1月17日、月曜日、就職を神戸で探したくらい神戸が好きな私は「阪神大震災の日」、風邪で会社を休んでいました。目が覚めていつものようにテレビを付け、布団の中で音だけを聞いていました。すると・・・。 耳に飛び込んでくるニュースのアナウンサーの言っている意味がわかりませんでした。起き上がってテレビ見ると信じられない状況が・・・。いや、信じたくないというのが正しいのかも知れません。 その後の事は、皆さんご存知の通りです・・・。 幸い、私の親戚・知り合いは無事でした。ただ、知り合いの方の周りの話を聞くと・・・。また、自分も住んでいたらもしかしら・・・。 あれから10年が経ちました。その後、一度兵庫には行ったのですが神戸を歩く時間はなく、実際は「その後の神戸」をまだ見ていないのです。見たいような、見たくないような、そんな気持ちも未だあります。 でも、「神戸っ子」のいい所は「神戸」が好きだということ。だから、神戸は神戸らしく再建されていることと思います。間違いなく、私が今度神戸に行けた時には神戸らしい「新しい神戸」を見ることができるはずです。 画像は、神戸で自分が一番好きな風景だった「阪急三宮」。震災で崩壊し、今は無き「阪急文化」の古い建物のドームに出入りする、当時の最新型6000系の前パンとの組み合わせが一番好きでした・・・。この画像を“なつかしいもの”の書庫に入れる事については考えものなのですが「関西の鉄道が元気であって欲しい」との願いのもとに、そうしたいと思います。
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”なつかしいもの” 近畿地方
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前回の記事とタイトルを合わせたのでこんなタイトルになってしまいました。へんなの。 |
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前回の記事の「安芸」で着いた大阪駅。多くの夜行列車が九州から北陸から山陰から到着します。そんな中から九州からの二枚。 |
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少しだけ(トレイン分!?)ブルートレインから離れます。芦屋駅を通過する153系新快速「ブルーライナー」。今でこそ最新型が投入される京阪神の新快速ですが、昭和50年前後は山陽急行(鷲羽・とも等)に使用していた153系を塗り替えて使っていました。でも、速かったですよ。当時としては。しかもなんと新大阪通過だし。その後、昭和54年に117系「シティライナー」に置き換わりました。 |
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”ボンネット”型の特急と言えば昔の国鉄の特急電車の代名詞ですが、同時期、それをアレンジした車両がいくつかありました。このキハ81もその一つ。誕生の翌年、貫通型のキハ82に取って代わられ、こちらが気動車特急の顔となりました。希少車だったこの車両は「はつかり」「いなほ」「くろしお」を経て昭和53年10月の紀勢線電化時に引退しました。今も「能登」で見られるクハ481に比べ、早い引退は「お顔」のせい? |




