高校サッカー
第94回全国高等学校サッカー選手権大会 優勝 東福岡高等学校第94回全国高等学校サッカー選手権大会 東福岡高校が優勝
第94回全国高校サッカー選手権大会決勝は、東福岡(福岡県)が國學院久我山(東京都)を5−0の大差で下し、17大会ぶり3度目の優勝を果たした。東福岡はインターハイに続く全国制覇で、夏冬の二冠達成は史上6校目の快挙となった。
今大会、東福岡は優勝候補の名に恥じぬ、見事な戦いぶりを見せた。インターハイ決勝の再現となった3回戦の市立船橋(千葉県)戦こそ、PK戦(0−0/PK4−3)までもつれ込んだものの、接戦が予想された準決勝の星稜(石川県)戦では、相手のシュートを1本に抑えて快勝(2−0)。その勢いのまま、決勝の國學院久我山戦でも安定した試合運びで大勝した。
東福岡同様、國學院久我山もボールを保持して相手を崩していく攻撃的なサッカーを標榜。ゆえに、戦前は”打ち合い”が予想され、どちらのほうが相手陣内で数多くのパスをつなぎ、多くのチャンスを演出するのかが注目された。だが、ふたを開けてみれば、東福岡の一方的な展開となった。
ポイントになったのは、「自分たちのペースで試合を進めるためには、中盤のプレッシャーが大事だった」と、MF藤川虎太朗(ふじかわ・こたろう/2年)が言うように、東福岡が試合開始と同時に相手の中盤やFWに入るパスに対して激しくプレッシャーをかけ、2、3人で相手を囲むなどしてボールを奪取、國學院久我山の出鼻をくじいたことだった。
その東福岡のアグレッシブな戦いぶりに、國學院久我山はたじろいでしまった。キャプテン宮原直央(みやはら・なお/3年)が語る。
「(攻撃の起点となる)FW澁谷雅也(しぶや・まさや/2年)とMF名倉巧(なぐら・たくみ/2年)のところにパスが渡るところまではよかったが、すぐに体を入れられて止められてしまった。圧力がすごくて、他のチームとは全然違うと感じた。スピードも速いし、後ろからたくさんの人数をかけて攻めてきて、嫌なところを突いてきた」
パスがつながったかと思えば、即座に奪われて怒涛の逆襲をされる。そんな展開に國學院久我山は防戦一方になった。
東福岡のプレッシャーを受け、自由を奪われた名倉は「相手のレベルが想像以上で、いっぱいいっぱいの状態だった」と、東福岡との実力差を痛感せずにはいられなかった。現に、國學院久我山が前半に放ったシュートはわずか1本。完全に相手のサッカーに飲み込まれていた。
さらに、ボールを奪ったあとの東福岡の攻撃が圧巻だった。叩き出した5得点を見ても、どれも偶然や運が絡んだものではなく、東福岡のクオリティーの高さを証明するものばかりだった。
1点目は、左サイドから崩して、中央に走り込んできた右アウトサイドの三宅海斗(みやけ・かいと/3年)がフリーでシュートを放ったものだったが、最終ラインから複数の選手が絡んだコンビネーションが素晴らしかった。パスワークに絡んだ中村健人(なかむら・けんと/3年)が、「三宅をフリーにするために、直接(三宅に)パスを出さず、あえて(ゴール前中央にいた)藤川にくさびのパスを出してDFを引き寄せた」と振り返れば、ラストパスを出した藤川も「その前にも同じようなシーンがあったので、あそこ(ゴール前)でボールを受ければ、三宅が(中央に)入ってくるというイメージがあった」と、まさに選手同士のイメージがシンクロ。加えて、そのイメージを実現するだけの正確な技術も光っていた鮮やかなゴールだった。
その後の得点もバリエーション豊かなものだった。2点目はトリッキーなFKから中村が直接ゴールネットを揺らし、3点目は中盤でボール奪ってすぐ、中村からの縦パスに反応したFW餅山大輝(もちやま・たいき/3年)が前線のスペースに抜け出してループシュートを決めた。さらに4点目は、再びテンポのいいパスワークで右サイドを崩して、最後は中央で待ち構えた藤川がゲット。5点目は後方からのロングパスを餅山がキープし、中央にフリーで上がってきた中村が華麗なシュートをネットに突き刺した。
後半に入ってからは、國學院久我山に攻め込まれるシーンが時折あったが、センターバックの福地総太(ふうち・そうた/3年)が至近距離からのシュートを顔面でブロックするなど、DF陣の誰もが体を張って対応。そうした献身的な動きと粘り強い守備で、相手の攻撃を跳ね返した。
東福岡はなぜ、これほどまでに強かったのか。
その源にあったのは、「反骨心」と「謙虚さ」だった。
このチームの3年生は、入学した当初から東福岡史上“最弱世代”というレッテルを貼られていた。上の世代と比べて個々の能力で劣り、同年代同士で戦う県内の大会や練習試合でも負けを繰り返していたからだ。しかも、ひとつ上の学年には、中島賢星(現横浜F・マリノス)や増山朝陽(現ヴィッセル神戸)らタレントがズラリ。そのうえで、インターハイで頂点に立つなど、あらゆる大会で輝かしい成績を残してきた。今のチームは、その輝かしい世代と常に比較されてきた。
しかしそれが、選手たちを発奮させた。誰もが強い“反骨心”を抱いて、かつてないほどの練習をこなしてきた。そして、「上の世代に負けない」――そんな思いを選手ひとりひとりが胸に秘め、チームは“ひとつ”にまとまっていった。試合では選手全員がピッチ内を縦横無尽に走り回り、最後まで諦めることなく、体を張ってプレーした。
そうして彼らは、上の世代の華麗さとは違うものの、チームの結束の強さと、勝利に執着する愚直なサッカーを確立し、インターハイで優勝。ひとつ上の世代と同様の結果を手にしたのだ。
ただし、選手たちはそれで満足することはなかった。中村が言う。
「僕たちは、ずっと“最弱”と言われてきた。そのレッテルをはがすためには、どうしても選手権のタイトルを獲る必要があった」
インターハイ優勝後、選手たちの士気は再び上がった。選手権で優勝するために、選手ミーティングもそれまで以上に繰り返してきた。
その際、何度も口にして、選手みんなの気持ちの中に刻んできたことは、「高みを見過ぎないこと」だという。優勝候補に挙げられながら、3回戦で敗れてしまった昨年度と同じ過ちを繰り返さないためだ。三宅が言う。
「今年は、一戦一戦、目の前の相手に勝つことだけに集中してきた」
事実、選手権で彼らは、常に貪欲な姿勢を崩さなかった。夏の王者ながら、まるでチャレンジャーのように目の前のボールに食らいつき、懸命に走って勝利を重ねていった。メディアに注目されても浮かれることなく、勝っても決しておごらずに、ひたすら目前の勝利だけを目指して泥臭く戦ってきた。
そしてついに、ひとつ上の先輩たちが果たせなかった選手権のタイトルまで手にした。中村が語る。
「僕たちは“最弱”と言われてきたので、勝っても絶対に過信しないようにしていた。この謙虚さがあったからこそ、ここまで来ることができた」
東福岡には、Jクラブに内定している選手はいない。「エース」と呼ばれる絶対的な選手もいなかった。それでも“反骨心”を持って、“謙虚な姿勢”で戦うことによって、頂点まで上り詰めた。
勝利をつかむために、最も大切なものは何なのか。彼らの戦いぶりを見て、多くの人々が学んだのではないだろうか。
粂田孝明(ストライカーDX編集部)●文 text by Kumeta Takaaki(STRIKER DX) photo by Sho Tamura/AFLO SPORT より引用
![]() 息子の高校年代のサッカーが終わった。
ジュニアユースで共に戦った仲間、国体で共に過ごした仲間が2冠を達成した!!
3年生はそれぞれの道に進み大学でサッカーを続ける人、続けない人、社会人、専門学校などに進む人
さまざまな人生が始まる。
これまでの苦難や喜びを糧に未来の日本を支える人々になってほしい。
サッカーはボールがあればどこでもできる。
これからもサッカーを続けて楽しみましょう。 |








