|
上賀茂歩きも、吉田山散歩も途中ですが、少し気分を変えて、別の史跡です。
先日、嵯峨野の清涼寺を訪問した際、源融(みなもとのとおる)の墓といわれる宝篋印塔を見ました。
平安時代初期の嵯峨天皇の子で、百人一首でも知られる歌人、河原左大臣とも呼ばれた人物です。彼のお墓が清涼寺にあるのは、この辺りが彼の別邸だったからです。
源融は、美男子として有名で、源氏物語の主人公光源氏のモデルとも言われています。
(そのためか、清涼寺の源融のお墓の隣には「恋の木」という光源氏の恋愛パワーが我々の恋を成就させてくれるという木があります。)
光源氏か・・そういえば、どこかに紫式部の墓もあったはずと思い出しました。
学生時代の史跡探訪サークルで行ったことがあったような・・。そこで、すぐに探しに行きました。
お墓の場所は、有名な大徳寺から北大路通を東へ約500メートルの北大路堀川の交差点付近。
広い堀川通の西側を南へ50メートル程歩き出すと、一見見過ごしてしまいそうな小道の入り口が有り、紫式部と小野篁(おののたかむら)の墓所という石碑が有ります。
知らない人は、気付かない程度のささやかな場所です。
この小道に入っていくと、四角いスペーズに2つのお墓が並んで有ります。
この辺りは、平安時代から、蓮台野(れんだいの)と呼ばれる墓地が有った地域でした。
紫式部も、小野篁(小野妹子の子孫で、小野小町の祖父ともいわれる歌人として有名ですね)もこの辺りにお墓があったのは確かなようです。
現在のお墓に、本当に2人が葬られているのかはわかりませんが、14世紀の『河海抄』という書物には、既に二人の墓と書かれているので、かなり昔から墓として伝わっているようです。
お寺内の墓地等でなくて、こんな場所にお墓が有るのも珍しいですが、交通量の多い堀川通から、10メートル程入っただけなのに、ひっそりとした雰囲気です。
小さなスペースはきれいに整備されていて、来訪者の名前を記帳するノートや、紫式部の生涯を書いた無料のプリントが置いてあります。
観光客の多い寺院を巡って来た後のためか、この小さな静かな場所を大切にしたいと思いました。
(写真は、清涼寺の源融の墓、北大路堀川にある紫式部と小野篁の墓)
|
こんにちは
式部のお墓は、
こじんまりとしていて奥ゆかしいですね
私は昨日初めてお参りして来ました
先ほど、写真と一緒にそこで詠んだ歌を載せたところなんです
トラックバックしましたので、よかったら遊びにいらして下さいね(^-^)
古語の他にも、学校や恋の歌などもあり
現代の言葉で歌ったものが殆どです♪
2007/10/11(木) 午前 11:59 [ 麻倉 遥 ]
ご訪問ありがとうございます。京都には多くの有名人のお墓がありますが、紫式部のお墓は、真偽はともかく中々印象的なお墓ですね。
2007/10/11(木) 午後 8:23 [ hir**i1600 ]