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吉田山の続きです。
吉田山の大部分は、吉田神社の境内になるのですが、山の南方には、末社の斎場所大元宮(さいじょうしょだいげんぐう)があります。
吉田神社の前に、この注目すべき末社を紹介しなければなりません。
ここは、「天神地祇八百萬神(あまつかみくにつかみやおよろづのかみ)」という、全国の延喜式内社3132座全てを祀る、吉田神道の根本殿堂です。
全国の全ての神様がここに集まって居られるというわけです。
吉田神道は、室町時代末期の吉田神社の神官、吉田兼倶(1435−1511)が創始した神道の一流派で、応仁の乱後衰えていた神道に大きな影響を与えることになります。
吉田兼倶は、政治力のある宗教家で、室町幕府や朝廷の信頼を得て、勢力を全国に拡大。
吉田神社に詣でれば全国全ての神社に詣でたのと同じ功徳があると説き、全神道の頂点に吉田神社を置く唯一神道を唱えます。
こうして吉田神社は神道における総本山的地位の基礎を築き、その後、吉田家は幕末まで日本の神社界を支配していきます。
吉田兼倶が、吉田神道の理想的な根本殿堂として、文明16年(1484)に吉田家(尚、吉田家は、元々は、卜部家)の邸内にあったのを移建したのが斎場所大元宮でした。
現在の建物は、慶長6年(1601)の建築といわれ、八卦に基づいた八角形の本殿に、背後に六角形の祈祷所が付いた、入母屋造の特殊構造の屋根を持った独特の建物です。この形式は神仏習合、陰陽、五行などの諸説を総合しようとした吉田神道の理想を形で表現したものということで、重要文化財に指定されています。
祭神は先ほど書いたように、天神地祇八百萬神(あまつかみくにつかみやおよろづのかみ)という、全国の神社3132座全てを祀っているので、ここに参れば、全国の神社全てに参ったのと同じというご利益が得られることになります。
かって日本神道界の総本山だった吉田神社の、その思想を凝縮したような斎場所大元宮ですが、
節分など祭事の無い普段は、静かで訪れる人も少ない場所です。訪問した時は、建物の修繕等のためか、一部工事の幕で覆われていました。(写真)
日本中の神様からのご利益を得たい方はお参りしましょう。
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懐かしい。よくお参りしたもんですが。卜部家が天皇家から南北朝以後に神道家元になって神道祭祀権をかなり取ったと神主さんに聞いたが。
2007/9/29(土) 午後 3:06 [ wfe*1* ]
斎場所大元宮というのは、独特の雰囲気のある建物ですね。吉田神社ではやはりここが一番好きです。毎月1日には内院の特別参拝ができますね。
2007/9/29(土) 午後 3:33 [ hir**i1600 ]