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来週は、京都のお盆を代表する行事の「五山の送り火」です。
(一番、知られる大文字から、通称「大文字の送り火」とも呼ばれます。
間違っても、「大文字焼き」などと食べ物や陶芸の焼き物のように呼んではいけません。京都人からは確実に軽蔑されますので注意。)
今回は、送り火前の大文字山の火床から、京都市街を眺めるために大文字山(如意が岳)に登りました。
(写真1は、銀閣寺付近の哲学の道から・・これから、あの大文字の火床まで登ります)
火床は少し頂上から低い位置ですが、大文字山は山頂までは標高466m。その後ろ側が如意が岳で、山上付近の登山路で、滋賀県まで山越えできます。(一般的には、大文字山=如意が岳と思われていますが)
大文字山への登山路は、遠くは蹴上方面から、近くでは銀閣寺の横、霊鑑寺の横からなど幾つかの登り口があります。最もよく知られるのは、銀閣寺門前の北側から登る道です。
今回は、夕方にここから登りました。
中学生時代の遠足で、この山を越えて、滋賀県の王子山運動公園まで歩いたことがあるのですが、あまり記憶に残っていません。今回は大学時代以来です。
この登山道は、季節に関係なく京都では一般的に親しまれているコースで、お爺さんやお婆さん、女性同士の方も登ります。特に、京都の北白川や哲学の道周辺の小学校では、大文字登山は学校の年中行事で、子供達も何度も登っているはずです。
というわけで、小学生でもすぐ登れますが、それでもハイキングレベルよりはハードです。
道は傾斜45度近いところも有り、ゆっくり登ると、大文字の火床まで約30分〜50分程度でしょうか。一気に登ると、まあ500メートル全力疾走するぐらい疲れますので、ゆっくり自分のペースで登りましょう。この日も、杖をついたお年よりも登られていました。
さて、銀閣寺の門前を左に曲がると、前にこのブログで少しだけ紹介した八神社があります。神社の前で右折し駐車場を抜けると、大文字山登山道が始まります。(写真2、いよいよ山道へ)
山道は自然がいっぱいで、鳥の声も極近くで聞こえます。虫達も活発です。カナカナ・・・とヒグラシが全山で鳴いているような大反響でした。
谷川沿いのなだらかな坂道を登っていくと、登山道は谷川を横切って川の右側に移り、山中に入ります。
(写真3、谷川沿いの道)
ここから木の滑り止めの階段のある本格的な山道になります。
(因みに、そのまま川沿いに登ると、非常に通過しにくい山道が続き、なんとか谷筋を登っていくと、中尾城跡という城跡があります。戦国時代、13代将軍足利義輝が山頂に城を築き、三好軍と戦った史跡です。
今では土塁しか有りませんので、歴史や城塞ファン以外には、まったくお勧め出来ません。道に迷いますので要注意。)
さて、大文字登山道は、かなりの急坂の間隔の広い木の階段を一歩、一歩踏みしめていきます。
(写真4、5)標高が有りますが登山道は短いので、傾斜角度はキツイです。
なんとか頑張って歩くと「千人塚」という碑がある広く開けた場所に来ます。
(写真6、7)
ここは、第2次大戦終戦直前に本土決戦にそなえ、陸軍がこの山を要塞化しようと穴を掘っていて人骨の入った大量の壺を見つけた場所だそうです。
どうも先ほどの、戦国時代の中尾城の戦いで戦死した兵達の骨と考えられ、地元の方達がここに埋葬しその上に碑を建てたものだそうです。子供の頃は少し不気味な印象でした。(写真7の左に小さく碑が写っています。)
次回に続く。
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