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先日、大学時代以来久しぶりに、母校の隣にある相国寺の境内を歩きました。
最近の京都のミニコミ紙上で、ある染色家の記事が出ていたのを思い出して寄ってみたのです。
記事によると、その染色家の方は、毎日早朝に相国寺周辺を散歩されるそうですが、いつも土壁の美しさに感心されるそうです。知られざる美しいものを探している私としては、これは、見に行かなくてはいけません。相国寺周辺を歩いて、内外の土塀を確認しましたが、写真を撮りたいほどの場所は見つかりませんでした。まだまだ私の感性は鈍いのか?山口県の萩や奈良で、美しい土塀に惹かれて夢中で写真を撮ったりしてきたので、常に土塀もチェックしているのに・・特に、ブログを書くようになってから、路上の石一つまで注意して目を向けるようにしてはいるのですが・・??
それで仕方なく、相国寺の境内の写真を撮っていると、塔頭の瑞春院が夏季特別公開されているようなので寄ってみました。
ここは作家の水上勉さんが、昭和2年の9歳から13歳まで4年間修行していた寺として知られ、昭和36年(1961)に直木賞に輝いた小説「雁の寺」のモデルとなったお寺です。
水上さんは、ここで13歳まで禅の修行に明け暮れたものの、ある日突然寺を出奔して遍歴生活を送り作家としてデビューします。小説「雁の寺」では、瑞春院時代の、雁の襖絵を回顧して、モデルとしたことから瑞春院は別名を「雁の寺」と言われていて、今も雁の襖絵八枚が本堂にあります。
私は学生時代、海外翻訳文学が大好きで、古典から現在までほとんど読破してきたのですが、日本文学は、明治大正の古典は読んでも、特に戦後の純文学にはあまり関心がない方だったので、「雁の寺」には思い入れは無いです。というか・・逆に暗い小説の舞台というと行きたいとは思わない感じで、これまで無視していました。でもガイドブックとかにも出て来るので、一度は行っておいた方がと思ったわけです。
さて、瑞春院の印象です。
瑞春院は、室町時代の足利義満が相国寺内に造らせたという古い塔頭寺院ですが、江戸末まで2度の焼失を経験し、現在の建物は明治31年(1898)再興完成したものだそうで、禅寺の塔頭寺院に共通した端正で行き届いた風情です。南庭は室町期の枯山水、北庭は近年の池泉観賞式の庭で、やはり室町の方が上。寺宝では、藤原時代の作という本尊の阿弥陀三尊仏に一番惹かれました。ただ、寺宝に近年の作家ものが多いのは少し失望。
水上小説「雁の寺」の舞台という以外に、ここのもうひとつの「売り」は、水琴窟だそうで、江戸初の小堀遠州の影響で作られたものだそうです。水琴窟自体は、珍しくもなく宝泉院とか圓光寺、さらに京都の植物園とかにもあるぐらいですが、暑い日には涼しげです。
(水琴窟の上の手水鉢を撮影)
全体としては、お寺自体が、観光客にアピール出来る程には成熟していないような印象で、寺宝にも庭にも特に傑出した魅力が感じられず、また来るかというと、来ない気がします。
「雁の寺」と「水琴窟」だけではどうも弱い感じです。
(今回は辛口だ。)
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