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毘沙門堂です。
京都の山科にある毘沙門堂が全国的に知られたのは、JR東海「そうだ京都へ行こう」キャンペーン(2000年春)の影響が大きいようです。
桜と紅葉は、京都でも知る人ぞ知る名所だったようですが、観光ガイドなどでもあまり登場しないので、私も学生時代の史跡探訪サークルでも行ったことが無いお寺でした。今回ようやく行くことが出来ました。
ここは、天台宗のお寺で、本尊として最澄作と伝わる毘沙門天を祀っていることから毘沙門堂の名前があるようです。
創建は大宝三年(703)僧行基が開いたという古いお寺で、平安時代には、今の京都市内上京区、御所の北にあって出雲寺という名前で呼ばれていたそうです。
その後、平治の乱以降の戦乱の中で移転し、ようやく建久六年(1195)円智上人(出家前は平親範)が、衰退廃絶した平等寺、尊重寺、護法寺の3寺を統合してかっての出雲寺のあった地に創建しますが、その後も応仁の乱、織田信長時代の元亀の乱などで荒廃廃絶。
寛文五年(1665)に天海僧正と弟子の公海僧正によって現在の地に再建されたのが現在の毘沙門堂で、後西天皇の皇子公弁法親王が入寺して以来、門跡寺院となっています。
さて、このお寺、毘沙門天王、七福神等の旗竿が立てられ、一見して、庶民の信仰を集めてきたお寺という感じです。急な石段の上にあるのが、仁王門で寛文五年(1665)建造のものです。
このお寺には、もう一つ勅使門という、後西天皇から拝領した氷川檜皮葺きの総門があり、門跡門主の式以外は開かれない門のようです。こちらはいかに門跡寺院らしい風情があります。
境内には、樹齢百数十余年の枝垂れ桜があり、これがJR東海のポスターになった桜です。春は綺麗でしょうね。
拝観料500円を払って、本堂から宸殿に渡りました。
狩野益信作の襖絵(動く襖絵)、丸山応挙作の鯉の絵や、江戸初期の回遊式庭園の晩翠園などが見所です。宸殿や霊殿なども立派で、山科の山間にこんなお寺があるのも以外でした。
どうも、このお寺は、皇族縁の寺院らしい重々しさと、庶民的な雰囲気が混在しているようで、少し不思議な感じです。
寺宝や庭園などの見所もあり、山科区の観光寺院としては、醍醐寺、勧修寺、随心院に次ぐお勧め寺院といえそうです。
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