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続きです。
仙洞御所の庭園は、小堀遠州の作で、寛永七年(1630)に御所が完成した時に合わせて作庭されたもので、北池と南池という2つの大きな池で構成されています。
池の岸部分が直線的なラインという、当時としては斬新な様式だったようです。
しかし、その後改修拡張されて、普通の池らしいなだらかな岸辺になってしまい、当時の遺構は南池に一部残るのみになっているようです。また、江戸中期に、2つの池は堀割で繋がれて現在のような形になりました。
前回に写真を掲載したのは、北池の全景でした。
北池はかっての女人御所の池になり、大文字山など東山が借景として取り入れられています。
北池にある小高い丘の上には、紀貫之の邸宅跡が残っていて(写真2)この辺りは、紀貫之の幼名、阿古久曽(あくこそ)に由来する「阿古瀬淵」という名前が付いています。(写真3)
この北池をぐるっと回って行くと、紅葉橋という石橋が掛かっていて、紅葉の頃に最も綺麗な場所のようです。ここまで来ると、北池は見えなくなり、南池が現れてきます。
南池に突き出ている出島の護岸には、小野小町ゆかりの「草紙洗の石」と呼ばれる平石など、自然石や並べられています。南池の中心には小さな島が2つあり、藤棚で覆われた八ツ橋が架かっています。
今年は藤の枝を刈り過ぎたそうで、花は咲かなかったようです。
この橋の向こう側には、昔は釣殿など建物があったようです。南池には高さ180センチの滝があるのですが、拝観した日は水が止められていたようです。藤棚のある八ツ橋を抜けてさらに進んでいきました。
もう少しだけ続けます。
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