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さて、祟導神社(祟道神社)の本殿は前回に写真を紹介しましたが、
この神社は、早良親王を祀っています。
早良親王は、桓武天皇の実弟で、延暦四年(784)に長岡京でおこった藤原種継暗殺事件の首謀者として捕えられ、乙訓寺に幽閉後、淡路島へ流される途中、無実を訴えながら36歳で絶食死した人物です。
早良親王の憤死後、桓武天皇の近親者を含め、都の内外に不吉な事故や異変が続発し、
占わせると、早良親王の怨念の祟りであるということが判明します。
そこで怨霊を鎮めるための行事が盛んに行われ、延暦十九年(800)には親王に崇道天皇と追号します。
こうして、都の鬼門に当たるこの上高野の地に御霊社として親王を祀ることになったようです。
(神社のはっきりした創建年代は不明のようですが、御霊信仰の全国的に流行する貞観時代に早良親王のみを祭った例は他に無いそうです。)その後も桓武天皇は死の直前まで親王の霊を慰めることに取り組み70歳で死去します。
死後の早良親王は、御霊神中の筆頭ともされ、平安時代に最も恐れられた怨霊となったわけで、京都では上御霊神社・下御霊神社、さらに藤森神社にも祀られています。
怨霊とは関係無いとしても、祟導神社(祟道神社)の参道は真っ直ぐに長く、深い森に覆われていて恐れを感じさせるような雰囲気も有ります。
この日は秋とはいえかなり日差しが強かったのですが、参道まで光を通さないほど森はこんもりしています。曇った日など少し不気味かもしれませんね。
とにかく森が深くて印象的で、頭の上に向けて写真を撮ってばかりでした。
今回は、森だけで終わりそう・・・次回へ
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