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京都市左京区に静市(しずいち)という地域があります。
北の鞍馬、南の岩倉に挟まれた広い地域ですが、山間の狭い集落が続き、前回に登場した八瀬以上に観光客がほとんど行かない場所です。
ローカル線の叡山電車で、鞍馬方面に行く時の通過点といった印象しか無い方も多いと思います。
この地域で観光名所的に僅かに知られているのは、小野小町ゆかりのお寺・・補陀洛寺、通称小町寺です。
学生時代に訪問しているようなのですが、お寺の境内のイメージが思い出せません。それで、確認のため行ってみました。
小町寺(補陀洛寺)は、平安時代の天慶八年(945)に、静原(静市区域でも北方地域)の山中に創建された古寺でしたが、焼失し廃寺となり、現在の市原(静市区域でも南方)に再建されました。
京都市内周辺部の寺社の多い地域は、かって葬送の地だった場所も多く、鳥辺野、化野、蓮台野等と同じく、この地域も、市原野と呼ばれる葬送の地でした。
小野小町は、晩年に流浪の果てに、昌泰三年(900)に80歳を過ぎて、この地で亡くなったと伝えられ、恵心僧都(源信)が野晒しになっていた小町の遺骸を弔ったという伝説が残っています。
そういうわけで、このお寺には、小町に関係する様々な史跡があります。
平成11年に再建された本堂には、平安時代の阿弥陀如来像、観音・勢至菩薩像の横に、小野小町の老衰した像(鎌倉時代作)が祀られています。この像は、リアルな老いた姿で知られています。
また境内には、小野小町の供養塔(江戸時代初期)、小町が姿見として使っていたという井戸、小町が倒れていた場所に生えていた穴芽の薄の石碑、小町に恋して百夜通いを行うも、最後の晩に凍死してしまったという伝説で知られる深草少将供養塔(江戸時代)等が点在しています。
また、小野皇太后(後冷泉天皇の皇后)が承保元年(1074)、天皇死後に出家し「常寿院」という名の山荘を開いた場所が、この地という説もあり、境内には、小野皇太后供養塔も立っています。
このお寺は、道路沿いの崖上にあり、石段を20数段登ると、すぐ境内です。
境内は、基本的には自由参拝できるので、勝手に歩かせてもらいました。
小町に関する史跡は、入り口に近い場所に集まっているのですが、奥の方には墓地が連なり、初めの印象より広い境内だとわかりました。
かっては、より大きなお寺だったようですが、今は訪れる人も少ない静かな佇まいです。
(深草少将の供養塔と、小町の供養塔の写真を掲載してみます。)
小町寺は、静かなそれほど目立たない地味なお寺です。
ここを訪れる人は、小町の邸宅跡といわれる、山科区の随心院などと合わせてご覧になるのかもしれません。
小野小町に関心が無い人が、この山間のお寺にまで来るというのはあまり考えられない気もしますが、ローカルな叡山電車で、鞍馬・貴船へ行かれる途中で、少し寄り道しても面白いかもしれません。
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小町寺、私も訪れた事あります。自転車で鞍馬で向かう時、否応無しに目に付いてしまいますね。写真も撮ってあるので、その内記事にしたいとは思っていますが……。
2006/10/14(土) 午後 7:17
小町寺は少し地味なお寺ですが、周辺の山とかも良い感じですね。記事にされたらご紹介くださるとありがたいです。
2006/10/14(土) 午後 8:43 [ hir**i1600 ]