|
小町寺(補陀洛寺)を訪問した後は、あまり史跡の無い静市(しずいち)方面から、最近はあまり利用していない叡山電車に乗って、岩倉方面に抜けることにしました。
小町寺から道路沿いの細い道を北上、途中に面白そうな神社を発見、少し寄ってみました。
参道らしいものがあり、石段の上には鳥居が見えます。
ここは、大神宮社(だいじんぐうしゃ)という、天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)を祀っている神社のようです。無人のいかにも山の神社らしい少し侘びしい雰囲気です。
この神社から叡山電車の市原駅まではすぐでした。
市原駅のホームすぐ脇にお地蔵さんと墓のようなものがあります。こんなところに・・なぜ?という感じで写真を撮ってみました。
「伝・後藤顕乗(ごとうけんじょう)の墓石」と案内板があります。
それによると、後藤家は室町から江戸時代まで日本の金工界に絶大な力をもった名家で、角倉家、茶屋家と共に、京都三大長者と呼ばれたそうです。
後藤顕乗は7代目を相続し、後加賀藩に招かれ、徳川家と前田家から計400石の知行を得て、後藤家中興の祖と呼ばれる人物だったようです。
引退し京都に戻った顕乗は、寛文三年(1663)に78歳で死去しますが、この叡山電車の市原駅付近の山は、顕乗山(けんじゃま)と村人に昔から呼ばれてきて、後藤顕乗の引退後の山荘跡の可能性が高く、当時は墓は自宅に作られるのが一般的で、この駅前にある墓石が顕乗の墓であると考えられているそうです。
この駅のホームに潰されそうな、忘れられたようなお墓が、そんなお偉い人のお墓とは・・。
後藤顕乗は、多分、村人からも顕乗山(けんじゃま)の後藤様とか呼ばれていて、晩年この地で悠悠自適に暮らしていたのでしょう。
それが、今や駅を歩く人に踏まれそうな・・人間死んだ後はどうなるかわかりませんね。後藤家の子孫の方とかお墓を守らなかったのかな?家は絶えたのかな?とにかく可哀想な気がしました。
|