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また岩倉方面になります。
京都市左京区岩倉の歴史では、大雲寺という古刹が登場します。
現在は、岩倉上倉町にある小さなお寺ですが、元々は平安時代の天禄ニ年(971年)に創建された古刹で、広大な敷地に伽藍堂宇のそびえるお寺でした。
源氏物語で光源氏が紫の上と出会う場所としても登場し、洛北第一の大寺として、非常に有名なお寺だったようです。しかしその後は、京都のお寺に共通の災難・・応仁の乱、天文法華の乱、さらに三好氏、織田信長の攻撃で再建焼失を繰り返し、江戸期に再建されますが、明治の廃仏毀釈で衰えます。
そして昭和60年(1985)の火災により本堂他焼失してしまい、現在も徐々に復興努力されているようです。
前に万里小路(藤原)藤房が岩倉で出家した事を書きましたが、これも大雲寺境内でのことで、この地域の歴史は大雲寺と関係してきますので、少し書いてみました。
さて、岩倉は石造彫刻が点在していますが、まず、岩倉川に沿って北上すると、「岩倉観音」と呼ばれる、観音の絵が彫られた1メートルを越える古い道標があります。いよいよ岩倉の里に入るという雰囲気が良いです。(写真)
さらに少し北上すると、岩倉川にかかる赤い橋の西南のたもとに、石仏が並んでいます。
祠の中の一番大きなものは、高さ1.2メートル程で、「延命地蔵」、「目無し地蔵」と呼ばれています。本当は阿弥陀如来坐像で、右に如来、左に地蔵を伴っている三面石仏です。鎌倉時代の作ということです。(写真)
この地には、もうひとつ「大日さん」と呼ばれる三面石仏があります。
万里小路(藤原)藤房遺髪塔のすぐ横、石座神社の東側の祠には、高さ約1.9メートルの阿弥陀如来坐像で、これも右側面に十一面観音、左に地蔵菩薩像を半肉彫りとしてある珍しい石像です。
(写真は日差しが強くて、わかりにくいですが)
次回は、「石座の火祭」前ということで、私の好きな石座神社の登場です
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5月22日に幕末京都ポランティアに参加して三面石仏見学しました。右側が十一面観音、左側は地蔵。正面阿弥陀さん
保存がよけでば国宝ですよ
2010/5/23(日) 午前 11:08 [ 中路正樹 ]