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京都には、「葵祭」「祇園祭」「大文字五山の送り火」「時代祭」「鞍馬の火祭」等、全国的にも知られている祭が有りますが、見て良かったとしみじみと感じる祭は、こういった観光客が大勢押し寄せ、人込みに揉まれて見る祭では無く、地元の人に守られてきた、あまり知られていない祭の方だと感じます。
「八瀬の赦免地踊り」の時に書きましたが、「岩倉火祭」もあまり人に教えたくない迫力ある祭りです。観光客が増えれば、その魅力は失われていくような気がします。
京都には「三大火祭」と呼ばれる、
「大文字五山の送り火(大文字送り火・松ケ崎妙法送り火・船形万燈籠送り火・左大文字送り火・鳥居形松明送り火)」、「鞍馬火祭」、「嵯峨お松明」の他にも、注目したい火祭があります。
「松上げ(雲ケ畑松上げ、花脊松上げ、広河原松上げ、久多宮の町松上げ)」や「三栖の炬火祭」、「岩倉火祭」などです。
「岩倉火祭」は石座神社で行われるので、「石座(いわくら)火祭」、「石座神社の火祭」とも呼ばれる奇祭ですが、深夜の午前3時ごろからはじまるため、アクセスの悪い山奥の「雲ケ畑松上げ」「久多宮の町松上げ」と共に、京都の火祭の中では、観光客が最も行き難いお祭りです。
実際、京都観光系の多くのHPを調べても、「岩倉火祭」に関する情報が非常に少ないことに気付きます。
観光サイト情報などが、どれだけ偏った情報のみを提供しているかがわかるのですが、火祭の迫力としては鞍馬の火祭に匹敵するにも関わらず、サイトの運営情報提供者が実際に見た事が無いという怠慢から書くことが出来ないのではないでしょうか。実際に見た人は書かずにいられないと思います。
この祭は、「時代祭」や「鞍馬の火祭」と重なる時期ですが、これらについては、情報量も多く、見物された経験の有る方も多いと思います。何か書くとしても、ご存知の方も多い祭りなので新味味が有りません。
しかし「岩倉火祭」に関しては京都人でも知らない人が多いので、特に採り上げる価値が有りそうです。
私が初めてこの祭りを知ったのは、白洲正子さんのご本「かくれ里」によります。
「山国の火祭」という章で「松上げ」に関して書かれていて、「鞍馬の火祭」や「岩倉の火祭」など京都にも火祭は多いが・・・というような言及があります。「松上げ」の素晴らしさを強調する内容の中で、「鞍馬の火祭」が観光化して本来の魅力を失った・・とマイナス的な書き方をされています。
白洲さんが「岩倉の火祭」について、どのように思われていたかは、それ以外何も書かれていないので不明ですが、今から40年程前に書かれたこの本の中で、既に観光化して魅力を失ったという「鞍馬の火祭」が以前はどれだけ素晴らしかったのかと想像してしまいます。
白洲さんを感動させた「松上げ」ですが、今では「花背の松上げ」「広河原の松上げ」は、京都バスが「松上げ鑑賞バス」を出しているので、多くの人が見に行っています(私も含めて)。こういう観光化は、白洲さんの望むところでは無いでしょうね。
さて、「岩倉の火祭」に関しては、まだ京都内外からの観光客は少ないようです。
私も白洲さんの本を読むまで知らなかったくらいで、京都市民にもそれ程知られていないのかもしれません。深夜のバスや電車が無い時間帯ですが、車や二輪・原付、或いは自転車でも簡単に行ける場所なので、今後は観光客が増える危険性はあります。岩倉周辺は24時間のコンビニも多く、懐中電灯も要らないほど明るかったです。
私は午前1時過ぎには神社の境内に入りましたが、テレビカメラ等がすでに待機し、数十人の方が祭の準備や撮影ポイントのチェックをしていました。
境内には石段の両側に2匹の大蛇に見立てた大松明が準備されています。長さ12メートル、最大直径3メートル程度の巨大なものですが、切った竹を縄で固定し、内部には枯れた杉の葉等が詰められているようです。
午前2時過ぎごろには地元の方が和服正装で神前で奉納儀式を行い、いよいよ祭の始まりです。
各町内から松明や鉾を抱えた人達が集まって来て、神前に火を掲げ、小松明に点火して回ります。深夜にもかかわらず、だんだんと人が集まってきて、小中高生が仲間連れでやって来たり、小さな子供の手を引いた家族連れもいます。地元の方以外は、ほとんどの方が写真撮影目的という感じです。いよいよ、午前3時頃に、大松明に点火されます。
乾燥した葉に引火した火は、一気に燃え上がり、高さ十数メートル程の火柱が石段の両脇に立ち上ります。この炎の門のような間を、前後に駆け抜けながら写真を撮りました・・危ないです。^^;
辺りはまるで火災現場といった感じで、熱い熱いと人々が慌てて離れます。
火の粉は天井高く空に舞い上がり、星と一体化するような感じです。それ程広くない境内なので火事が心配ですが、もちろん消防所も待機しています。昼間のような明るさの中で、周りの人の頭は落ちてくる灰で白くなっていました。見物客はざっと300〜400人程度でしょうか。
地元の方によると、今年の大松明は火の勢いが強かったようで、初めにかなり燃え上がったようです。
途中燃えるスピードをコントロールしながら、大松明は、2時間程度で燃え尽きて灰となります。
火の勢いが弱まり始めた午前4時半頃から、子供神輿と大人神輿の準備が行われます。神輿を長い心棒の上に固定し締め上げるのですが、これが中々うまく出来ないようで、子供神輿の設置に30分近くかかったようです。
まず午前5時頃、子供神輿が先にお旅所の山住神社(前にブログでご紹介しました。)に向けて出発。
その後午前5時半頃、大人神輿が80人ほどの若者に担がれて出発します。
私も神輿と共に、境内を出て途中まで見送って帰宅することにしました。「ワッショイ、ワッショイ」という掛け声が早朝の町に響いていました。(この後、御旅所で神事が行われ、昼過ぎに再び神輿が神社に戻ってくることになります。)
祭というものは、昔からの地域の共同体を維持する知恵でもあったのでしょう。
違う世代の人達が、ひとつの事を一緒に行うというのが少ない現代ですが、こういった地元の祭ではベテランのお年寄りが元気な気がしました。
火を消す時は、おじさんが若者達を大声で怒っていました。「何やっとんねん!もっとカを入れんかい!もう一回や!」「そっち持て!いくぞ、そーら!」近所のお爺さんが笑って言っています。「今年の神輿担いでる若者は力ないわ。神輿もフラフラしてるし、やるのが遅い遅い。」
地元の人達が生き生きと笑いながら、怒りながら盛り上がっている「岩倉の火祭」は、まだ観光化してダメにはなっていない気がしました。祭のベテランの古老が、未熟な若者を教え叱り、その若者が、今度はベテランとなって後輩を指導していくという昔からの伝統が生きているなと感じました。
いつまでも、この調子で頑張って欲しい祭です。
「時代祭」や「鞍馬の火祭」を既に見てしまった方は、来年でもこの面白い祭をご覧になるのも良いと思います。あまり有名にはならないで欲しい気もしますが・・・。
尚、今年は「鞍馬の火祭」は行かないで、来年以降にとっておくことにしました。
2日続けて、火祭をを見るのは、この魅力的な2つの火祭を冒涜するような気がして・・感動の安売りは良くないですね。
来年以降、私は久しぶりになりますが・・電車待ち2時間など当たり前の、人込みの中で「鞍馬の火祭」に再チャレンジしたいと思います。
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