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今年の夏から「松ケ崎題目踊・さし踊」、「八瀬赦免地踊」、「岩倉火祭」と、特に夜間に行われるマイナーなお祭を採り上げています。
昼間は、行事が行われている周辺の景色から見物客の表情まで全部が見えてしまいますが、夜間は、松明や提灯、ロウソクの灯だけが浮かび上がり、周りは漆黒の闇となります。こちらも行事に神経を集中できるので、後で何か充実感が残っているような気がするのかもしれません。
10月も終わりになり、大晦日を除けば、今年の京都の夜の行事もそろそろ出尽くしてきたようにも思います。そこで、今回は10月の最後の夜の行事・・マイナー度がこれまでで最も高い「木野愛宕神社の烏帽子着(えぼしぎ)」です。
烏帽子着とは、昔のいわゆる元服式になります。愛宕神社の祭礼行事として、京都市登録無形民俗文化財に指定されている由緒ある行事ですが・・情報がほとんど有りません。
今年は行われるのか?日時は23日で良いのか?夜の何時からの開始か?行事が行われる木野愛宕神社は普段無人で連絡も取れませんし、京都府・京都市の地元の公的機関出張所等に確認しても不明でした。
とにかく行ってみることにして、当日は少し雨が降っていましたが、神事がそう簡単に日時変更も無いだろうと、午後7時頃に現地に向かいました。行事の行われる木野という場所は、叡山電車では岩倉より一つ遠い駅になり、愛宕神社は駅から約数百メートル程度の近さです。
神社が見えてくると、参道にたくさんの提灯が掲げられていて一安心。
境内は提灯の灯でほのかに明るく、雨よけの青いビニ−ルシートが張られた骨組みの下に、藁のゴザが敷き詰められています。本来は、星空の下で厳かに行事が進行するのですが、雨のためビニールシートの下で行われるのが少し残念です。やはりテレビカメラ等も来ていますが、観光客は数人程度(情報が皆無に近いので、予想通りでした。)、裃(かみしも)の正装姿の行事保存会の方がほとんどです。行事は8時開始のようで、地元の人はその頃から集まってくるようです。
さて、祭礼準備が進み、祭殿に神饌(しんせん)を供えられていきます。
2列で30程の神饌(しんせん)は赤飯を編んだ藁で造った御供、各種御膳のようです。また燈油の入った小皿に火を灯して並べます。提灯と小皿の灯が、神饌(しんせん)の赤い色を美しく引き立てていて、中々綺麗です。こういう色が引き立つというのも夜祭の良さですね。(写真)
午後8時を過ぎて、神社の神官が来られると、お祓い、祝詞の奏上、玉串奉納・・粛々と神事が行われます。神官による翁の舞いも行われて大きな声が辺りに響きました。見物客が徐々に集まって来ましたが、カメラのフラッシュ以外の音は無く、皆さんじっと静かに見守っています。
さらに保存会の方達が謡曲「高砂」等を歌って、いよいよ「袴上げ(はかまあげ)」という成人になる通過儀礼が開始です。16歳の2人の男子が裃(かみしも)の正装で登場し神職以下の全員に杯事(さかずきごと)の響応の酌人の役を勤めます。若い2人が、全員に4回程杓をしながら回ると、また全員で謡曲が歌われ、やがて儀式は終了していきます。
こうして、儀式が終わった後は、青年達は成人として認められ、一家を代表する立場として、地域の共同体に受け入れられることになるようです。昔はどの地域でも、似たような儀式を行っていたのでしょう。
「木野愛宕神社の烏帽子着」は今日まで古い風習を伝え残している点で貴重な祭事ということです。
見物客も数十人程度、会話をそれとなく聞くと、地元企業の若い会社員、駅の近くの大学の学生等もいますが、ほとんど地元の人のようです。午後9時半頃、行事が滞りなく終わりました・・と合図があり、後片付けが始るようです。祭りの一番の長老らしいお爺さんが、写真を撮っていた大学生に、「たくさん、写真撮れたんとちゃうか?学生さんか?」と聞いています。私も、おばさんに、「私の家の提灯、どこに吊るされているか、探してんのよ・・ホホ。」と笑って話し掛けられました。
観光客がいない地元の静かな祭りはあったかい雰囲気で終了しました。
全国各地で過疎化や少子高齢化による後継者不足から、祭りの開催が危ぶまれる事態があったりするそうです。この祭事も観光客のいない、地域の素朴な行事なので、是非頑張って継承していって欲しいと思います。歴史のかけらのような、静かに受け継がれている小さな伝統行事が私は好きです。
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ご神饌も神社によって夫々違ってくるのですね。赤をメインにした御幣を全てのご神饌につけているのも初めてみました。
2006/10/25(水) 午前 9:32
そうですね。私も詳しくないですが、赤い御幣がこれだけ並ぶのは珍しいようにも思いました。全体に地味な行事にもかかわらず、この赤い色が印象的で、華やかな印象なんですね。
2006/10/25(水) 午後 5:52 [ hir**i1600 ]