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今回は京都市左京区にある永観堂(禅林寺)です。
「もみじの永観堂」として京都屈指の紅葉の名所として知られる永観堂ですが、秋以外の季節でもまずまず観光客が多いお寺です。
「哲学の道」と南禅寺の間に位置していて、京都観光の人気スポットが集まっている地域だからですが、紅葉の頃には、多くの観光客が押し寄せ、途切れることなく南禅寺、永観堂、哲学の道、銀閣寺へと行き来して行くことになります。
10月末の現在は、観光客は多少多くても、大きな寺院なのでゆっくりした時間が過ごせます。(紅葉の頃はそうはいきませんが・・。)
そこで、久しぶりに「見返り阿弥陀」様に会いたくなり訪ねてみました。
本堂の阿弥陀堂は現在改修工事中のため、今年中は拝観できないようで、御本尊の「みかえり阿弥陀」様は瑞紫殿に遷座されていました。
少し高所にある極彩色の堂内の阿弥陀堂から、瑞紫殿に降りて来られているわけですが、少し残念とはいえ、広間でゆっくり見られるので仏さま自体の鑑賞には問題は無いと思います。
さて、一応簡単なお寺の沿革ですが・・
永観堂は、正式名称は禅林寺といって浄土宗の西山禅林寺派の総本山です。
平安時代初期の貞観五年(863)に、真紹(しんじょう)僧都によって創建されました古刹ですが、真紹僧都は弘法大師の弟子だったので、当時は真言密教の道場でした。
お寺は、平安時代末期の永観(ようかん)律師の時代に大きく発展します。永観律師は、境内に施療院を建てて窮乏の人達を救うなど救済活動に努力し、彼の名にちなんで、禅林寺は永観堂と通称されるようになっていきます。
永観堂を浄土教の寺院にしたのは、鎌倉時代初期の静遍(じょうへん)僧都の時代です。
法然上人死後に、その著を読んで、真言宗から浄土教へと改宗し、法然の弟子西山証空上人を次代の住職にと招きました。その後、証空上人の弟子、浄音上人(1201−1271)が住職の時代に浄土宗西山派の寺院となり今日に至ります。
御本尊の阿弥陀如来立像は、顔を斜め後ろに向いていて「みかえり阿弥陀」と呼ばれています。
この仏様には有名な物語があります・・・
永保二年(1082)住職の永観律師が、阿弥陀堂で歩きながら夜を徹して念仏修行をしていました。
ふと目の前を見ると、本尊の阿弥陀如来が須弥壇を下りての自分の前を歩いているのです。
永観が驚いて足を止めると、阿弥陀さまは振り返って「永観、遅し」とまっすぐに永観の目を見つめて言われたのです・・・このときの姿を表わしたのが、現在の本尊であるということで重文指定された名品です。いつ見ても清々しい仏様は必見です。
永観堂は大きなお寺なので、もう少し続けます。
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