京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

清水寺・三十三間堂・東福寺他

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養源院

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前回まで滋賀の湖東三山を取り上げてきましたが、今回は、京都の養源院です。


京都市東山区の東山七条付近は、養源院をはじめ、豊国神社、方広寺、妙法院(三十三間堂も所有)、豊国廟といった豊臣家に縁のある有名社寺が多い場所です。
(尚、智積院は、秀吉と敵対した紀州根来寺の塔頭だった関係で、江戸期になって創建)




養源院は、一見地味なお寺で、三十三間堂や国立博物館を訪れる方がついでに寄られる印象がありますが、寺宝豊かなお寺です。創建時は天台宗、現在は浄土真宗です。



養源院は、淀殿(淀君)が、近江の戦国大名だった父浅井長政の追善供養のために、文禄三年(1594)長政の二十一回忌に秀吉に願って建立したお寺です。
寺号の養源院は、長政の法名「養源院天英宗清」に因んでいて、開山も長政の弟で比叡山延暦寺の僧だった成伯法印でした。
その後、元和五年(1619)に焼失しますが、元和七年(1621)、淀殿の妹で徳川秀忠夫人の崇源院が、秀忠に願って、伏見城の中御殿を移構して再建し、以来、徳川家の菩提所となっています。




本堂は当時のもので、廊下は左甚五郎作のうぐいす張りです。
また、廊下の天井板は、関が原の戦いの前に、伏見城が西軍に攻められて落城した際に自刃した、徳川家康の譜代の家臣鳥居元忠らの血が残った「血天井」です。元忠以下将士の供養のために、人が踏む廊下では無く、天井板として掲げ祀られています。
前に正伝寺を取り上げた際に写真を掲載しましたが、「血天井」は養源院、源光庵、正伝寺、宝泉院、興聖寺、妙心寺の天求院(非公開)に残されていて、養源院の「血天井」は、鳥居元忠本人が足を曲げた姿の遺体の形が残っているといわれますが、本堂写真撮影禁止のため写真は掲載できません。





この本堂の十二面の襖「松図」と、八面の杉戸絵「唐獅子図」「白象図」「麒麟図」等は俵屋宗達の作で、伏見城で死んだ将兵の霊を供養するために描いたと伝えられます。(どちらも重文指定)
杉戸絵の動物達を図案化した構図は、表現が斬新なことで有名で一見に値します。




他にも、玄関の左には秀吉が学問所としていた牡丹の間があり、狩野山楽の牡丹の襖絵が綺麗です。尚、本堂東には小堀遠州作の庭園があり、境内には鐘楼、表門、護摩堂等の江戸時代前期の堂宇が立ち並んでいます。また、養源院の境内には、京都市指定保存樹のヤマモモの木があり、秀吉が伏見城に自身手植えしたものを、後年移植したものと伝えられ、雄大な姿が魅力的です。(写真)
他にも枝垂桜や紅葉が参道、境内を彩ります。





さて、養源院では、ご住職などお寺の方が一つひとつ解説してくれます。
今回もカセットレコーダーを持って案内してくださいました。解説が一区切りする度に、カセットテープを止めて、次はこちらの部屋へ、次はこちらの部屋へ・・と少し慌しいスピードで移動します。所用時間は10分程度で、あっという間にお寺から出る感じになります。
もちろん、解説を聞かなくても良いのですが、基本的に自由拝観は出来ないようで、解説後襖は一々閉められますので、勝手に開けてもいけないような感じです。(少しストレスを感じると学生時代にサークル仲間が言っていたのを思い出しました。)




そういう訳で、養源院は、寺宝的には優れた観光寺院ですが、ゆっくり寛ぐという雰囲気ではありません。しかし、特に杉戸絵は一度は見ていただきたいと思います・・・ということでやはりお勧め寺院です。

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