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10月末に写真を撮ったのに、文章が追い付かず・・・季節がずれてしまいそうな昨今です。
紅葉の時期に、緑の葉っぱもどうかと思い、急いで更新していきます。
それで、養源院の近くの法住寺と後白河天皇陵も続けて書いてしまいます。
観光寺院としては、お勧めレベルとまではいきませんので、簡単にさせていただきます。
養源院のすぐ隣にあるのが、後白河天皇陵と法住寺です。
訪問した10月末は、法住寺本堂の不動堂が改築中で、今回は写真のみ撮影しました。
このお寺は、平安時代中期の公家藤原為光によって創建されたお寺ですが後焼失し、その後、後白河上皇がこの地に法住寺殿を造営し、院政を行った事で知られます。
現在、東山七条にある蓮華王院(三十三間堂)や新日吉神社も、法住寺殿の広大な敷地内に建てられたものです。さて、法住寺殿は、後白河上皇が木曾義仲と対立した事で、義仲の焼き討ちを受け焼失、後白河上皇はこの地を離れ、六条西洞院に移りそこで死去します。後白河上皇死後、焼失した法住寺殿跡地に、法華堂がつくられ、上皇の御陵とさだめられます。
こうして、法住寺は後白河上皇の御陵をお守りするお寺として存続、一時、豊臣政権下で方広寺の敷地内に組み込まれますが、徳川政権下では妙法院との関係を強め栄えます。明治になって、後白河天皇陵が寺域から分離され、宮内省の管轄に置かれました。
寺宝としては、親鸞上人作の阿弥陀如来像、慈覚大師作という平安期の身代不動明王像などで知られています。
後白河天皇法住寺陵の参道は、養源院と法住寺の間にあります。
参道の入り口は土日・祝日は閉鎖されますので、注意してください。御陵は、法住寺境内の裏手にありますので、法住寺と合わせてご覧になるのが良いかと思います。
ついでですが、京都には、天智天皇と、平安朝以降の桓武天皇〜明治天皇までの歴代の天皇陵があります。この間の時代で、京都に御陵が無いのは、
薬子の乱で知られる平城天皇(奈良)
保元の乱の崇徳天皇(香川)
壇ノ浦で水死した安徳天皇(下関)
南朝政権の後醍醐天皇(吉野)と後村上天皇(河内長野)の5人です。
観光寺院クラスとは言えない法住寺ですが、平安後期の院政時代には重要な役割を持ったお寺として、歴史ファンは、東山七条付近を訪問される時に寄られても良いかもしれません。その際は、後白河天皇法住寺陵もどうぞ。
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養源院や三十三間堂には行きますが、まだ行った事がありません。 日曜日で御陵は閉まっていたりして・・・・一度じっくり見たいです。
2006/11/4(土) 午前 4:53 [ sak*ra8**kik*777 ]
東山七条は、他に観光寺院として智積院とかもあるので、一度にたくさんは難しいかもしれませんね。マイナーなので観光客はいませんが、ついでに行かれてもいかもしれません。
2006/11/4(土) 午前 10:50 [ hir**i1600 ]