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泉涌寺の塔頭が続きましたが、今回の今熊野観音寺で泉涌寺周辺は、一旦終わりにしたいと思います。
他に法音院、新善光寺、善能寺がありますが、規模も小さく、観光寺院とは呼べない感じです。
そこで、また別の機会に取り上げる事にしたいと思います。
今熊野観音寺は、泉涌寺の山内では人の多いお寺です。
その理由は、西国三十三ヶ所観音霊場の第十五番札所になっているからですが、また古くから「頭の観音さん」として広く信仰を集めて、頭痛解消やボケ封じ、知恵を付け頭が良くなるようにと多くの人が参拝に訪れています。(枕カバーも販売していますよ)
西国三十三ヶ所巡礼に関して、ここでは細かい説明は避けますが、日本の各地にある巡礼の元祖のような存在で、古来最も多くの信仰を集めてきました。
この寺も、巡礼地らしく庶民的な雰囲気のあるお寺です。
(京都市内では他に清水寺、行願寺(革堂)、六波羅蜜寺、三室戸寺、頂法寺(六角堂)、下醍醐寺、善峯寺、元慶寺・・広く参拝者が集まってくるので、親しみ易い雰囲気が共通しています。)
さて、今熊野観音寺の創建には諸説があるようですが、平安時代初期、弘法大師(空海)が熊野権現の霊示を受けてこの地に庵をむすんだのが始まりとされ、弘仁三年(812)頃、嵯峨天皇の勅願により諸堂の造営をはじめ、天長年間(824−833)には完成していたと考えられています。
また、その後左大臣藤原緒嗣の発願によって広大な伽藍の造営が行われ、斉衡ニ年(855)に完成したという説もあるようです。その後、後白河法皇の帰依を受け、「新那智山・今熊野」の名称が与えられ、歴代朝廷の崇敬を集めてきました。
その後、南北朝時代に兵火を受けるも、室町幕府によって復興され、また応仁の乱でも伽藍は消失しましたが、その後復興されます。資料から天正八年(1580)には、多くの堂宇が現在の地域に建立されたと想像され、この時に、かっては奥の院順礼堂だった場所に、現在の本堂が建てられたと考えられています。(この場所は、弘法大師が熊野権現と出会ったという伝説の最も神聖な場所のようです。)
江戸時代には、西国霊場巡拝がたいへん盛んとなり、今日まで巡礼者の集まるお寺となっていきます。
さて、泉涌寺参道から左に折れると、観音寺と泉涌寺の間の谷を流れる今熊野川に架かっているすぐに赤い橋「鳥居橋」が迎えてくれます。緑豊かな境内には「子護大師(こまもりだいし)」の銅像その向こうの石段が見え、石段を登ると、本堂、大師堂、弘法大師ゆかりの「五智の井」などがあります。
本堂は、江戸時代の正徳2年(1712)に、宗恕祖元律師によって建立されたもので堂々とした大きなもので、安置されている本尊の十一面観世音菩薩像は秘仏です。
大師堂には、弘法大師の他に、観音寺建立に力を尽くした藤原緒嗣も祀られています。
近くには、印象的な平安時代の三重塔があります(写真)
本堂の背後の墓地には「藤原三代の墓」とよばれる、大きな宝塔三基があります。
これは藤原忠通、九条兼実、慈円僧正の墓です。 (写真)
藤原忠通は、平安末期の公家で、鳥羽、崇徳、近衛、後白河の四帝に歴任し、摂政・関白として常に政治の中心にいました。弟の頼長との対立は保元の乱の原因の一つになったことで知られます。また詩歌、書法等に才能を発揮しています。
九条兼実は、忠通の子で、九条家の祖です。源頼朝に接近し摂政・関白となりました。和歌や書道にも通じ、日記「玉葉」の著者としても有名です。
慈円は兼実の弟で、天台座主を長年務め、和歌等に才能を発揮、家集「拾玉集」や史論「愚管抄」の著者として知られます。
さらにその近くには「島津逆修の塔」と呼ばれる見事な石塔があります。戦国・安土桃山時代の武将として知られる島津義久のお墓です。(写真)
義久は、戦国大名としての島津家の全盛期の当主で、一時は九州の大半を支配しますが、秀吉の九州征伐で降伏し、薩摩城主に封じられました。
逆修(ぎゃくしゅ)とは、逆(あらかじ)め冥福を修めるという意味で、生前に、自分の墓や位牌を建立し、自分ために仏事を修して死後の冥福を祈ることをいうようです。義久は、生前に観音寺に墓地を定め、五輪塔を建て供養しました。この石は薩摩より運んだと言われます。
今熊野観音寺は、静かな泉涌寺の山内の緑豊かなお寺です。
境内の梅、桜、紅葉も美しく、落ち着いた雰囲気と親しみ易さで、西国巡礼の方以外の普通の観光客の方にもお勧めできるお寺です。
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私も泉涌寺のついでに?行きましたが、なかなかいいお寺でした。ご朱印が4つもあって悩みました。弘法大師やぼけ封じ観音さまもいたような。
2007/1/19(金) 午後 11:27
今熊野観音寺は、まずまず大きなお寺ですが、京都に数回来ている方でも、行かれていない・・穴場クラスかもしれませんね。他府県の方では、西国三十三ヶ所詣で来られる方がほとんどかも。ご利益ありそうな感じでのお寺です。
2007/1/20(土) 午前 1:29 [ hir**i1600 ]
私も西国三十三ヶ所だとガイドブックに書かれていたので行ってみようと思い訪れました。西国三十三ヶ所のご朱印ももらいたいなぁって思い、 いける所だけでも言ってみようかなぁって思っています
2007/1/21(日) 午後 11:07
西国三十三ヶ所は1ヶ所以外は行っているのですが、その時は嫁に引っ張られて行ったので、あまり気持ちが入っていなかったので、再確認のためにもう一度行ってみたいお寺が幾つかあります。どこも似た親しみやすいお寺ばかりですね。
2007/1/22(月) 午前 0:10 [ hir**i1600 ]