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紅葉の穴場として知られる赤山禅院ですが、小学生の頃は、学校から行く比叡登山の登り口付近のお寺として知っていた場所です。その後はほとんど忘れていたのですが、昨年秋と今回、久しぶりに行ってみました。(昨年秋の紅葉時の写真も掲載しました。)今回は、修学院離宮のついでに訪問したのですが、ちょうど11月1日からもみじ祭が始まっていました(30日まで)といっても、紅葉は無いのでお茶処は閑散としていますが・・・。
さて、赤山禅院は、比叡山延暦寺の塔頭です。
平安時時代初期、天台座主・慈覚大師円仁は、遣唐船で唐に渡り山東省にある赤山法華院で一時修行をします。帰国後、慈覚大師は日本にも赤山明神(中国での泰山府君=たいざんふくん)を祀る寺を建立しようとしますが死去し、その意思を受け継いで弟子の天台座主・安慧(あんね)上人が、仁和四年(888)に、天台宗の鎮守神として赤山明神を祀ったのがはじまりです。
泰山府君(赤山明神)は陰陽道の神で、古来、商売繁盛の神として知られています。そのため現在でも商売をされる方等の参拝が多いようです。
前に、京都御所の「猿ケ辻」のところでも出てきましたが、この地は御所の東北にあたり表鬼門に位置するため、拝殿の屋根には神様のお使いの猿が鎮座して、(ここでも逃げ出さないように金網に覆われています。)方除け、厄除けの祈願所として、朝廷の崇敬を受けてきた由緒ある寺院のようです。
前に少し、「松ヶ崎大黒天」の時に書きましたが、「都七福神」の福禄寿の寺にもなっていますね。
ここからは、話が飛びますが・・・
韓流ドラマファンはご存知の「海神(ヘシン)」という歴史ドラマの主人公、海上王チャン・ボゴ(張保皐)もこの赤山禅院に祀られているという話がありますが、今回確認は出来ませんでした。チャン・ボゴ(張保皐)は赤山禅院と深い関係があります。中国の赤山法華院は、チャン・ボゴ(張保皐)によって建造されたお寺で、日本にも赤山法華院を造ろうとした慈覚大師円仁を、入唐時に海上交通網を利用して助けたのも彼でした。チャン・ボゴ(張保皐、張宝高 ちょうほこう)は、新羅の海上貿易の大商人ですが、新羅を中心に唐から日本にまたがる一大海上勢力を築きます。彼は若くして中国の地方軍閥の下で武将として功績を挙げ、新羅に帰国し清海鎮大使に任命されました。そして、全羅南道莞島を拠点に、新羅南部の海賊集団らを支配下に置き、唐や日本と交易活動を行います。チャン・ボゴ(張保皐)の勢力は東アジア一帯の海上王国にまで発展し、その名前は日本人の間でも知られ、円仁の著書「入唐求法巡礼行記」や「続日本紀」にも登場します。彼は最後は新羅の王位継承騒動に巻き込まれ暗殺されますが、東北アジアに初めて貿易立国を樹立した男として、韓国でも英雄として再評価されています。
近年、延暦寺の境内にも、慈覚大師円仁との関係からチャン・ボゴ(張保皐)の顕彰碑が建てられたりしているので、赤山禅院でも確認したかったのですが、お寺の受付の女性の方も、「なんか、そんなような事を聞いたような・・」と判らなかったようでした。
ただ、新羅国の神様(新羅大名神)は祀られていました。(新羅大明神は、智証大師円珍が、唐からの帰途に船中で出会った神様で、三井寺を中心に日本各地で祀られています。)
チャン・ボゴ(張保皐)の話が長くなりましたが、赤山禅院は参道から境内まで紅葉が美しいのでも知られます。それ程広くない境内には末社等が立ち並び、お寺か神社か判らないような雰囲気ですが、これが日本古来の神仏習合のスタイルで、極普通のことだったでしょう。面白い数珠の門を潜って本堂へ参拝し、ここから山際をグルッと回って紅葉を見て回るのがお決まりのコースです。
紅葉の頃は人気がありますが、それでも人が溢れるようなことはありません。
何となく親しみが持てて、また来てしまう・・といった感じの庶民的な感じがするお寺です。
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ここは紅葉時期にはとても素敵なところになりますよね☆ 素敵なお写真ばかり撮られていますね!!私も先日行ってきて感動しました♪トラックバックさせていただきますね♪よろしくお願いします♪
2006/11/26(日) 午後 6:54
赤山禅院のようなお寺は、どれぐらい知名度があるお寺なのでしょうね?地域的には、詩仙堂や曼殊院のついでに行かれる方が多いと思いますが、京都の方でも、行ったことが無い方も結構いるのではないでしょうか・・。
2006/11/26(日) 午後 7:04 [ hir**i1600 ]
はじめまして。「赤山禅院」の記事を、私のブログの記事「チャンボゴに会った日本人」の記事で参考にさせてもらいました。
赤山禅院には行ったことがありません。きれいな紅葉の写真を見ることができて、ありがたいです。
2008/6/18(水) 午前 0:34 [ saihikarunogo ]