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東福寺の塔頭、即宗院です。
通常非公開ですが、秋のみ一般公開されるお寺ということで初めて寄ってみました。
即宗院は、室町時代初期に、島津家6代目の島津氏久が剛中玄柔を開山として東福寺内に建立しました。その後、島津家の菩提寺として長く庇護を受けることになります。堂宇は、永禄十二年(1569)に焼失しますが、慶長十八年(1613)に再建されました。明治時代に廃仏毀釈の影響で島津家の庇護を失い衰退しますが、昭和になり庭が復原され現在に至ります。
このお寺は幕末に重要な役割を演じました。
西郷隆盛が清水寺成就院の僧月照と共に、現在境内に跡が残る茶室・採薪亭に隠れ住んで倒幕の謀議をこらし、明治維新の大業を達成することになったからです。明治になり、西郷隆盛は戊辰戦争の戦死者425名の薩摩藩士の追悼碑を建立し、6基の碑が寺の裏山に建っています。(写真)
京都市指定の名勝庭園は、元々平安時代末に関白藤原忠道が造り、その子兼実が山荘として使っていた寝殿造系庭園でした。現在の庭園は室町時代の作と伝えられますが、平安期の地割りや滝跡の石組が残る貴重なものということです。この庭園は明治以降に荒廃しますが、昭和になって整備され以前の姿を取り戻しました。
境内奥には、西郷隆盛と僧月照ゆかりの茶室「採薪亭」跡、滝石組み、植え込みや灯篭等が配置されて、静かで落ち着いた庭園になっています。
即宗院は、林に囲まれた回遊式庭園の鑑賞が中心で、特に寺宝が有るというわけでも無いようです。それでも、観光客がちらほら程度の静かな雰囲気は良かったです。この静けさに惹かれたのか、池を前にした座禅石の上で、外国人青年がじっと瞑想しているようでした。
秋のみ特別公開といっても、東福寺・通天橋の紅葉を満喫した人の、1000分の1程度の人が来られるくらいでしょう。確かに地味なお寺ですが、東福寺山内では他に無いような、小さな公園のような庭園は良い感じです。
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