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東福寺の塔頭芬陀院は、雪舟作の庭があることから別名雪舟寺として知られるお寺です。
丸窓越しに見る東庭の光景は写真で見られた方もあるかと思います。
芬陀院は、後醍醐天皇の元享年間(1321―22)に、五摂家のひとつ、一条家の当主内経が、定山祖禅和尚を開山として創建したお寺で、以来一条家の菩提寺となっています。
堂宇は、江戸時代の元禄四年(1691)に火災で焼失、再建後も宝暦五年(1755)に再び焼失しますが、桃園天皇の皇后、恭礼門院の御所の一棟を下賜されて移築、さらに明治三十二年(1899)に改築したのが現在の建物です。尚、唐門は恭礼門院の御所のより移築されたものです。
方丈の南庭は、雪舟等楊(とうよう)の作と伝えられる枯山水庭園で、作庭年代は、寛正・応仁(1460−1468)頃と考えられています。
雪舟は京を訪れた際には必ず芬陀院に起居していて、当時の関白一条兼良の好意を得て、この庭を造ったと伝わります。江戸時代の2度の火災により荒廃していたものを昭和十二年(1937)に重森三玲が復元修理し、さらに昭和三十二年(1957)に中根金作が白砂、樹木など周辺整備を行いました。
こうして昭和の造園芸術の大家2人の復原により、ほぼ作庭時に近いものに蘇った庭園は、近畿地方唯一の雪舟作の庭園ということになります。
南庭は「鶴亀の庭」と呼ばれ、右に亀、左に折り鶴が配置されています。この石組みの亀が作庭の夜に動き出したという伝説も伝わります。東庭は、重森三玲が作庭したもので、鶴島を中心に蓬莱の連山を表現しているということです。また、東庭の北には、昭和四十四年(1969)に関白一条昭良(恵観)ゆかりの茶室「図南亭(となんてい)」が復元されました。この茶室西側には一条昭良ゆかりの勾玉(まがたま)の手水鉢、屑屋型(くずやがた)石灯籠が置かれています。
今回は、通天橋の紅葉を見物した観光客が多く、ゆっくり出来ませんでしたが、紅葉時期を外せば、普段は静かなお寺なので、オフシーズンにでもゆっくり眺めるのが良いと思っています。
以前に来た時も、特に印象深いということは無いのですが、自分の家の縁側にいるような、ゆっくりとした時間の流れを感じることが出来ました。こういう何気ない雰囲気のお寺が一番飽きが来ないということかもしれません。
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