京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

一乗寺・修学院他

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曼殊院

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今年秋のJR東海「そうだ、京都に行こう」キャンペーンは、曼殊院でした。
PR写真では、表門の雄大な紅葉が目を引きますが、実際はそれ程盛んな感じではないようです。写真と違う・・という声もチラホラ聞かれました・・でも、白壁沿いの紅葉は綺麗でしたよ。


曼殊院は、平安初期、伝教大師最澄が、比叡山の西塔北谷に開いた東尾坊という草庵が始まりです。
その後、天仁年間(1108―09)に東尾坊を曼殊院と改名しました。室町時代の明応四年(1495)に門跡寺院となり、当時は京都御所の北にあったようで、現在地に移ったのは、桂離宮を造営した智仁親王の次男、良尚法親王が住持だった江戸初期の明暦二年(1656)のことでした。

江戸初期の代表的な書院建築といわれる大書院には、本尊は阿弥陀如来を祀っいます。この大書院をはじめ、狩野永徳の襖絵が勇壮な大玄関「虎の間」、小書院、庫裡が重要文化財に指定されています。
他にも江戸時代の版画押しの「竹の間」、岸駒筆の「孔雀の間」、狩野探幽筆の「滝の間」「十雪の間」「富士の間」「黄昏の間」などの広い書院空間があり、さらに各間の欄間、釘隠し、襖の引手などの細部の意匠にも江戸初期の宮中の美意識が感じらます。
このように曼殊院の書院は、桂離宮と同時代の建築で様式も近いのが特徴ということです。


名勝指定の庭園は、遠州好みの広大な枯山水で、水の流れをあらわした白砂の中に鶴島と亀島を配しています。白砂が庭奥の滝石組から流れ出て、流れの中に2つの島があり、さらに小書院は静かに水面を溯る屋形舟を表現しているといわれます。鶴島には樹齢400年という五葉松があり、鶴をかたどっていて、その根元には曼殊院型のキリシタン灯篭が置かれています。(元は亀島にも地を這う亀の形をした松が植えられていたようです。)
つい紅葉にだけ目を奪われがちですが、水の流れと浮かぶ島の庭園は判りやすくて雄大だと感じます。境内には、紅葉は少ないですが、初夏には霧島ツツジが咲いて、書院周辺を彩ります。




曼殊院は、好きなお寺の一つで、これまで数回行っています。今回は紅葉のピークを過ぎての訪問でしたが、改めて書院や庭園の広さが印象的でした。このお寺も、紅葉以外の季節は観光客が少ないですが、山裾にあるため鳥のさえずりが聞こえ、静かな時間を感じられるので新緑の頃もお勧めです。
また、この一乗寺付近は、今でも住宅地の中に農地が点在している雰囲気がいい感じです。
江戸初期、猪や猿などが群れる深い山里に、曼殊院や修学院離宮、詩仙堂といった江戸時代の文人好みの粋な寺院や山荘が造られたわけですが、山に沿って歩いてみると、当時の雰囲気が何となく感じられる気がして、私には京都で一番好きな地域のひとつになっています。


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