京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

嵯峨野・嵐山・洛西他

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この秋の特別公開で、初めて天龍寺の塔頭の弘源寺(こうげんじ)に行ってきました。
天龍寺といえば、大本山の天龍寺しか行かない人も多いと思うのですが、(私もそうなので・・)
今年は境内に点在する塔頭だけ行ってみました。




このお寺は、境内に毘沙門堂があり、天龍寺七福神の毘沙門天を祀っています。
七福神巡りの方もいるので、普段も境内自由ですが、本堂内を拝観できるのは特別公開時のみです。
以下、天龍寺七福神です。


弘源寺(毘沙門天)

永明院(恵比寿)

寿寧院(不動明王)

茲済院(弁財天)

松厳寺(福禄寿)

三秀院(大黒天)

妙智院(宝徳稲荷)




さて、弘源寺は、室町時代の永享元年(1429)室町幕府の管領、細川持之が、玉岫(ぎょくしゅう)禅師を開山に迎えて創建したお寺です。
創建当時は、小倉山山麓にあって、北は二尊院から南は亀山公園にいたる広大な寺領を有していたそうです。(京都の小さなお寺というのは、元は広大な大寺院ばかりで、どの寺の跡地にどのお寺が建ったのか、移転も多くて、重層的な時の流れの理解が難しいですね。)
その後、弘源寺も、幾度かの火災に遭って縮小したようです。そして、天龍寺山内が幕末の蛤御門の変の際に、長州藩軍の本陣となったことから多くの塔頭が焼失した後、明治十五年(1882)に維北軒という末寺と合寺して天龍寺境内の現在の地に移ったようです。





本堂は、江戸の寛永年代の造営で、本尊の観世音菩薩、開山玉岫禅師木像、開基細川持之の位牌を祀っています。本堂の柱には、幕末の蛤御門の変の際に、天龍寺に陣を構えた長州藩の軍勢が、試し切りをしたものだそうです・・それも、あちらこちらと何度もやっていたようです。
本堂には、日本画の巨匠、竹内栖鳳とその一門の上村松園、西山翠嶂、徳岡神泉、小野竹喬、池田遥邨等数十人の作品が所狭しと飾られていて、日本画に関心のある方には魅力的な展示だと思います。

庭園は、「虎嘯(こしょう)の庭」と呼ばれている江戸時代の枯山水庭園です。
「虎嘯」とは、「龍吟雲起、虎嘯風生(龍吟じて雲起こり、虎嘯きて風生ず)」という中国宋時代の禅教本「碧巌録」の言葉から名付けられたそうです。嵐山を借景にした庭園は天龍寺ではここだけだそうですが、それ程強い印象は受けませんでした。
また庭に面するガラス戸が閉められていて、少し見づらかったのですが、帰宅後ネットで調べると、ガラス戸が開けられていた時もあるようで、勝手に開けても良かったのかもしれません。次回機会があれば、お寺の方に聞いてみるつもりです。

毘沙門堂には、弘法大師空海の直筆の扁額が掲げられ、インドの仏師、毘首羯磨(びしゃかつま)作と伝わる特徴ある毘沙門像(重要文化財指定)が祀られています。
この毘沙門天像は、インドから中国を経て日本に伝えられたということで、比叡山無動寺に納められていたものを、開山玉岫禅師が弘源寺に迎え祀ったと伝わります。
また、毘沙門堂の天井は、日本画家藤原孚石作の四季草四十八面の絵画が描かれています。




弘源寺は、全体としてやや物足り無い印象だったのですが、日本画に興味のある方には喜ばれるかと思いました。一番好きなのは、毘沙門堂内の仏像、天井画でしょうか。

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