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この庭、どこかで見覚えのある方もおられるのではないでしょうか?
昨年のシャープ「アクオス」のCMで吉永小百合さんが立っていたのがこの庭です。
京都市左京区吉田の吉田神社の付近に、作庭家・庭園史研究家の重森三玲の旧宅があります。
今年6月から旧宅主屋部は「招喜庵」、書院庭園部は「重森三玲庭園美術館」という二つの文化施設として保存再生され、予約拝観制で一般公開されているようです。
重森三玲(しげもりみれい、1896−1975)は、岡山に生まれ、日本画家を目指して上京し、日本美術学校に入学しますが、ライバル達の才能に自信を失い、技術より背景となる思想や美術史を学ぼうと研究を深め、茶の湯、生け花、庭園なども含めた総合的な芸術活動に取り組みます。
昭和八年(1933)に勅使河原蒼風らと生け花界の革新を唱え、以降、前衛的な生け花の創作研究にも取り組みます。特に庭園の魅力に惹かれ独学で研究を進めていた重森は、当時、庭に関する資料が皆無に近く、さらに室戸台風(昭和九年、1934)の被害で近畿の名園が多大な被害を被ったのに、各社寺には庭の資料が残されていないため修復も困難な状態を知ります。このままでは日本の庭園の研究が発展しないと感じた重森は、全国の庭園の実測調査を決意し、昭和十年(1935)年頃より4年にわたり実測調査を行い、その成果をまとめた『日本庭園史図鑑全26巻』を出版します。
そして、東福寺の方丈庭園を造園したことを契機に、その後、全国に200程の庭園を作庭することになります。また彫刻家のイサム・ノグチとの交友など庭園を通して多くの交流があり、茶の湯、生け花、庭園に関する多くの著作があります。
京都にある代表的作品として、
東福寺方丈庭園(1939、京都市)・・・ブログで紹介済
光明院波心庭(1939、東福寺塔頭)・・・ブログで紹介済
瑞峯院独座の庭(1961、大徳寺塔頭)・・数回行っていますので、その内に
龍吟庵庭園(1964、東福寺塔頭)・・・ブログで紹介済
重森三玲邸庭園(1970)・・・今回登場
松尾大社庭園(1975)・・・次回ブログで紹介予定
等があります。
さて、重森三玲旧宅は、昭和十八年(1943)に、重森三玲が吉田神社の社家、鈴鹿家が所有する建物を譲り受けたもので、本宅と書院を持つ江戸中期の建物です。
現在の住宅には、これら江戸期の建物に加えて、三玲が自身設計して建てさせた、二つの茶席と、自作の書院前庭や茶庭、坪庭が追加されています。重森三玲旧宅は、吉田神社界隈にある社家建築としてほぼ唯一の遺構として、書院や茶室が国の登録文化財になっています。
茶席は、襖から照明器具まで全て重森のデザインです。
(旧宅の楕円形の照明器具は、イサム・ノグチの手作りの照明器具を贈られたものです・・写真)
書院前の庭には、中央に蓬莱島、東西に方丈、瀛州(えいしゅう)、壷梁(こりょう)の三島を配した枯山水庭園で、部屋の中や縁側から鑑賞することができます。実は、創作時は庭の中央に大きな松の木があり、それをイメージして造られた庭ですが、現在松が枯れて無くなっても、また別の味わいがあると評価する人も多いようです。
他の三玲が作庭した寺社庭園や個人の庭に比べて、江戸期の建築との調和を優先させ、茶の湯を中心とした落ち着いた日常空間を目指したようです。
古いものにも時代を超えたモダン(新しさ)が存在することを見抜いていた重森三玲は、この「永遠のモダン」を自らの創作の基本にしていました。
次回、その最後の作品、松尾大社庭園を取り上げます。
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枯山水の庭はいいですよね。ここの庭京都の本に載っていて奇麗だなと思ってたんですよ。大徳寺の庭は色々見に行ったことあります。
2006/12/14(木) 午後 9:21
てるさん、枯山水の庭は冬場でも絵になりますね。この庭は事前申し込み制なので、人も少なくてゆっくり出来ますよ。
2006/12/14(木) 午後 9:28 [ hir**i1600 ]
枯山水はいいですね、やはり和風は落ち着きます。
2006/12/17(日) 午前 9:47
torikuiさん、最近は和風好きになってきました。特に京都にいると、中途半端な洋風より和風に徹するのがシャレている気がします。個人庭園は池庭が多いですが、この枯山水は迫力があって良いですね。
2006/12/17(日) 午後 1:57 [ hir**i1600 ]