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昭和最大の作庭家、重森三玲の遺作になったのが、「松風苑」と呼ばれる松尾大社の3つの庭園です。
古来から神社と深い関わりがあった磐座(いわくら)をイメージした「上古の庭」、近代には忘れられていた奈良・平安時代の曲水庭園を現代に蘇らせた「曲水の庭」、日本庭園の古来からのテーマ、蓬莱神仙思想の世界を表現した「蓬莱の庭」、さらに即興的に造った庭園から構成されています。
全て四国の吉野川産の青石(緑泥片岩)200余りを使用し、総工費1億円、丸1年の工期で昭和五十年(1975)に完成しました。
「曲水の庭」は、奈良・平安期に造られた曲水式庭園をモデルにして造られています。
背後の築山には立石を並べ、サツキの刈り込みをアクセントにして、洲浜を伴って7曲りして流れる水の流れを優雅に表現していますm。サツキ、緑泥片岩、水といった色彩にもこだわった構成のようです。さらに宝物館と葵殿の間には、当初の予定に無い即興的に造られた庭園があります。(写真1)
「上古の庭」は、松尾大社の背後の山中にある磐座(いわくら=ご神体とした大石、日本庭園の原初の形態といわれます。)に因んで、この山下に造られました。置かれた石は、人間が置いた石組ではなく、神々の意志で据えられたものと想定されていて、この庭は、庭園ではなく、巨石により神々(中央に松尾大社の御祭神の男女2神他)そのものを象徴させています。周りはクマザサが植えられ、人の入れない高山の雰囲気を表しています。(今の季節、笹は目立ちませんが)(写真2〜4)
「蓬莱の庭」は、重森三玲が池の形を指示し、その後長男の完途がその遺志を継いで完成させた庭です。鎌倉期に代表される池泉回遊式庭園を現在に再現し、庭園全体が羽根を広げた鶴の形に造られています。古典的な石組方法と、現在的な池の護岸作法を組み合わせて、蓬莱神仙の世界を池中にある神仙島で表現しています。これは最初で最後の親子合作の庭園になりました。
(写真5〜7)
さて、事実上の遺作になった「上古の庭」は、重森三玲の最高傑作とも呼ばれているようで、私も他の2つの庭よりはパワーを感じました。(実際、「曲水の庭」「蓬莱の庭」は少し期待はずれと感じています。)
これまで、重森三玲の庭園を幾つか取り上げてみましたが、彼の庭園の一番の特徴は、「石を立てる庭」だと言われます。
重森は全国の庭園調査を通して、本来、日本庭園の石組みの起源は、よく神社の御神体になっている「磐座(いわくら)」と呼ばれる古代の巨石だったこと・・そして、この神や仏を宿す「立石」が、時代と共に神仙思想、浄土思想などの影響で変化して日本の庭園文化を生み出していくことに気付きます。
そして、江戸中期を過ぎると石を寝かせて配置することが多くなって、庭園がパワーを失っていく姿に失望しました。もう一度、古代から神として祀られた巨石の持つ神秘性や不思議な魅力を、現在にモダンな枯山水として蘇らせようとした努力は評価したいと思います。
私は伝統的な庭園の方が、やはり魅力を感じることが多いのですが、重森の幾つかの庭は以前よりは好きになってきました。
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素敵なお庭ですね。松尾大社にこんなお庭あったかなぁ?って思いましたが、私は庭園に入っていませんでした。次回行ってきます。(●^o^●)
2007/1/7(日) 午前 0:33
松尾大社は、拝観料を払うと山裾までぐるっと歩けるので、少し堪能しますよ。必見は神像3体です。すごく迫力ある神様ですからじっくり見てくださいね。
2007/1/7(日) 午前 1:22 [ hir**i1600 ]