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京都市左京区浄土寺の真如堂のそばに、東北院という小さなお寺があります。
小さいですが由緒あるお寺で、JR東海の京都スポット情報にも出ているようなので、取り上げてみました。
東北院は、桓武天皇が、平安遷都の折に最澄の提言に従って御所の表鬼門に弁才天を祀ったのが始まりで、本尊の弁才天(非公開)は最澄の作と伝わります。その後、長元三年(1030)、藤原道長が創建した法成寺の東北境内(現在の上京区今出川から荒神口に至る西側)に、道長の娘、上東門院彰子(一条天皇中宮)が、一院を建立し弁才天を移します。この院内の小堂には彰子に仕える和泉式部が居住し、庭の梅を眺めていたという伝説があり、これが謡曲「東北」として後世に伝わります。
謡曲「東北」のストーリーはこのようなものです。
旅の僧が東北院を訪れて、梅の花を観ていると、花の精が現れて、和泉式部が植えた「軒端の梅(のきばのうめ)」の謂れを語り花の中に消え去ります。それを聞いた僧が、和泉式部のために法華経を唱えていると、式部の霊が美しい姿で現れて、昔話を語り舞いながら消えていきます。僧は思わず目覚めるというような展開です。
さて、東北院は、天喜六年(1058)に法成寺の火災により焼亡し、法成寺北に再建。さらに承安元年(1171)に焼失し寺域を移して再建。また室町時代の元亀元年(1570)にも焼失し再建されます。その後、江戸時代の元禄五年(1692)に焼失した際に、翌六年に現在の地に移し再建したのが、現在の東北院です。(尚、江戸期に時宗寺院となっています。)
境内は狭く、謡曲「東北」で知られることが無ければ、訪れる人も少ない感じです。
本堂前の和泉式部ゆかりの「軒端の梅(のきばのうめ)」は、謡曲「東北」に因んで後に植えられたもので、老木は3つに幹分れしていて、その内の1つは元気に花をつけるそうです。また、境内には災い除けの雲井水もあります。
普段は観光客は皆無に近いですが、梅の季節には立ち寄られる方もいるのでしょう。
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