京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

銀閣寺・哲学の道・南禅寺他

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大豊神社

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左京区鹿ケ谷宮ノ前町、「哲学の道」沿いにある大豊神社は、小さな神社ですが、中々面白い話題のあることで知られる神社です。
細い参道を進むと、背後の山が迫って木々に覆われた少し暗い雰囲気の境内があります。本殿の主祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと)で、八幡神(応神天皇)、天神(菅原道真)を併祀しています。また境内には幾つかの末社があります。


元々は、背後の山、椿ケ峰を御神体とした山の中腹にある神社でしたが、平安時代の仁和三年(887)、宇多天皇の病気回復祈願のため、尚侍藤原淑子(藤原長良の娘、関白藤原基経の異母妹)が勅命を奉じて、医薬や治療の神、少彦名命を椿ケ峰に奉祀したのが大豊神社の創建と伝わります。
創建当初は椿ケ峰山中にあったことから椿ケ峰山天神、次いで大宝大明神と呼ばれたようです。当時、鹿ケ谷には、藤原淑子が夫の菩提を弔うために建立した円成寺がありましたが(この円成寺が、現在の奈良の観光寺院、忍辱山・円成寺となったという説があります)、寛仁年間(1017〜21)に、山の神社は、円成寺の鎮守神として、山から下りて現在の地に移され、大豊大明神の神号を賜わったようです。こうして大豊神社という名称になったわけですが、当時は広大な面積を持ち大いに栄えたようです。

しかし、南北朝の騒乱や、応仁の乱以降、豪華な社殿も焼失して、以降全く衰退してしまいます。
江戸時代の文政三年(1820)にも焼失し、この時には貴重な古記類も失われたそうです。後に天神(菅原道真)、八幡神(応仁天皇)を合祀したのは、衰退する神社を存続させるためにメジャーで強力な神様を祀ったようです。こうして、現在は本殿、拝殿、末社のみの小さな神社になっていますが、地域の産土神として信仰を集め、観光地としても注目されてきています。



さて、大豊神社は、末社に駒鼠(駒ネズミ)、駒猿、駒鳶(トビ)、キツネの像が置かれていることでも知られます。特に一番有名なのは大黒社の駒鼠(駒ネズミ)です。
大黒社は大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀っていますが、ネズミとの関係は以下の「古事記」に出ていくる物語に基づいています。

旅の途中で、大国主命(おおくにぬしのみこと)は、須勢理比売命(すせりひめのみこと)に見初められます。娘を心配する父、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が、大国主命を試そうと、蛇で埋め尽くされている部屋、次にはムカデ&蜂がいっぱいの部屋で寝る事を命じます。
大国主命がこの試練を乗り越えると、素戔嗚尊は今度は広い野原に矢を放ち、矢を拾ってこいと命じます。 大国主命が矢を探して野原に分け入ると、さらに素戔嗚尊は野原に火を放ちます。炎に囲まれた大国主命の危機を救ったのが、ネズミでした。一匹のネズミが火を避け隠れる穴を教え、また別のネズミが探していた矢を拾ってきてくれたのです。(さらに試練は続きますが、最後には素戔嗚尊は大国主命と娘との結婚を許すことになります。)そういう訳で、大黒社に駒ネズミが置かれているわけです。



他にも、稲荷社にキツネがいるのは御馴染みですが、日吉社には鬼門除けの狛猿、愛宕社は火難除けの狛鳶(トビ)がそれぞれ社を鎮っています。観光スポットとしての大豊神社の人気を支えているのが可愛いこれらの動物達のようです。
また境内には、直ぐ背後の椿ケ峰の御神水が涌き、椿やしだれ紅梅、様々な野草が咲きます。全体にひっそりとした小さな神社ですが、この素朴な雰囲気に惹かれる方もいるようです。

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