|
妙心寺の塔頭・大雄院(だいおういん)も初めて訪問しました。
妙心寺山内の東北、桂春院のすぐ南にあるお寺です。かっては非公開でしたが、創建400年を迎えた平成十三年(2003)以降、不定期に時々特別公開されているようです。
現在のご住職が、九州大学の農学博士でもあり、蚕の糸から出来た紙を研究されていることから、通称「蚕(かいこ)の寺」と呼ばれているようです。
大雄院は、慶長八年(1603)、尾張藩の家老・石河光忠が父・光元の菩提寺として、叔父の慧南玄譲和禅師を開祖として建立した寺院です。
以降、現在まで尾張石河家本流の香華所(ご位牌所)となり現在に至っています。客殿、書院、庫裡、表門は京都府の登録文化財に指定されています。この内、客殿と書院は享保十一年(1726)に再建され、庫裏は江戸末期に改造されたものです。
客殿の襖絵は、江戸末期から明治初期に活躍した蒔絵師の柴田是真作です。
各部屋を稚松図、山水図、滝猿図、唐人物図など多くの襖絵が飾っています。滝猿図では何かも見上げている猿や、両手で耳を塞いで滝を見上げる猿などが可愛いのですが、どれも眼等に墨で悪戯書きされています。これは戦時中にこの場所が出征兵士の宿舎となった時に悪戯書きされたものだということです。
仏間の唐人物図では、横笛を吹く少年と多くの子供に囲まれているお爺さん・・これが唐の将軍・郭子儀です。郭子儀は安禄山の反乱を平定した名将ですが、子沢山でもあり、最後まで幸せな生涯を送った乱世としては稀な人物でした・・そういうわけで、幸せな人生と子沢山にあやかりたいと、繁栄の象徴として図画に描かれることが多い人物になりました。ただ仏間に描くというのは珍しいようです。さらに隣の部屋には、四季花水図の襖絵があり、ヒマワリなどの花が描かれています。
隣の部屋は、現住職で農学博士の石河正久氏(蚕繭紙研究所所長でもあります)が、30余年の歳月をかけて研究された結果、作り出された絹100%の紙、蚕繭紙(さんけんし)が展示されています。(写真)その他、蚕の繭も展示され、蚕の幼生が数十匹飼われていました。
通常、蚕の繭というのはピーナツ型ですが、石川住職は、交配に交配を重ねた結果、「石河蚕」という蚕を作り出しました。この蚕は平らなところに置くと、平面状に糸を吐き、名刺大のサイズなら1〜2匹で名刺状の蚕繭紙(さんけんし)が出来ます。色紙サイズでも約15匹で3日で作り上げるそうです。全国の高僧や著名人が蚕繭紙に書いた色紙が展示されていました。この書院には、また、丸山応挙の門人・土岐済美(ときざいみ)、山水図襖絵があります。現在も、ご住職は奥の部屋で日夜蚕の研究をされているようです。
庭園は、客殿から奥の書院の前に広がっています。左側に低い築山があり、アカマツをはじめ多くの木々が配置され、その奥には池もあり変化を持たせています。書院正面には背の高くならないドウダンツツジの刈込があります。前に左京区上高野の蓮華寺で出合った蓮華寺型灯篭がアクセントになっています・・・・明治の廃仏毀釈で蓮華寺から移設したもののようですが、この蓮華寺型、可愛いので結構好きです。
大雄院は全体としては地味なお寺ですが、観光客も少ないようで、寛げる雰囲気が良いです。
|
なにやらマニアックな院ですね。でも庭園は見事。
2007/1/31(水) 午後 11:09
確かにマニアックな研究ですね。ご住職が書かれた文章がありますが、最初は、そんなこと出来るはずが無いと嘲笑されたらしいです。今は成功して幸せ一杯らしくて「いざゆけ蚕繭紙(さんけんし)、今日がお前の旅立ちの時だ。地球など包み込んでしまえ・・」色々書いていて、本当に実験マニアなお方のような感じです(^^)
2007/1/31(水) 午後 11:51 [ hir**i1600 ]