京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

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羅城門跡

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西寺に引き続いて南区からです。

南区唐橋羅城門町はその名前どおりに、延暦十三年(794)に創建された平安京の表門だった羅城門が建てられていた地域です。
平安京の中央を貫通する朱雀大路(現在の千本通、当時の道幅は28丈=約82.3m)と九条大路(現在の九条通、当時の道幅は12丈=約25.3m)との交差点になります。

現在は、児童公園の中に石標のみが残っていますが、この石標は、明治二十八年(1895)に、平安遷都千百年紀念祭(記念祭では無いです)の事業の一つとして、平安京の実測事業が行われて羅城門の位置が決められた際に建てられたものです。
(この時同時に、平安神宮の建設、大極殿跡碑が立てられるなど、様々な平安京に関する史跡の復興が行われています。また時代祭も開始されます・・明治の京都の復興イベントですね。)
羅城門は、平安京創建以来、位置が変わっていないとされた東寺の南門を基準点として計測したようです。(その後の調査によると実際の位置は少しずれるようです。)





さて、羅城門は、平安京の表玄関だったため朱塗りの華麗な二層楼閣の大門でした。
瓦葺で屋上の両棟には金色の鴟尾が置かれていたようです。正面の幅は十文六尺(約32m)、奥行は二文六尺(約8m)、高さは実寸計測出来ないですが約20m程と考えられています。内側、外側に五段の石段があり、その外側に石橋があったようです。また二階部分には、平安京を外敵から守護するように、兜跋毘沙門天像(とばつびしゃもんてんぞう)が安置されていました。(この巨大な兜跋毘沙門天像は、現在東寺宝物館にあり、春秋の特別公開の際に見られます。)

平安京の表玄関なので、外国使節を迎え入れる際や、戦の凱旋の際もここから入京することが定められて非常に重要な役割を持っていた羅城門ですが、平安中期の弘仁七年(816)に大風により倒壊し、再建されましたが、さらに、天元三年(980)の暴風雨で再び倒壊し、その後は再建されることはありませんでした。嘉承三年(1107)、山陰地方に源義親を討伐した平正盛は、京中の民衆の盛大な歓迎の中をこの門から入京したという話がありますが、当時は既に衰退していたはずなので、どのような様子かは不明です。





羅城門が再建されなかった理由として、平安時代も中期以降になると、平安京内の人口移動が進んで、右京が衰えていったことがあります。
藤原氏等の大貴族の邸宅は、左京北部へ集中し、平安京外の東山周辺には寺院や貴族の別荘が建ち並び、庶民も平安京外の東、鴨川沿いに住むようになります。一方、右京の地は、内裏に近い北部を除けば、しばしば氾濫する桂川の影響もあって住居が少ない田畑の広がる後進地域になっていきます。

平安時代末の社会的混乱も加わって、羅城門のある平安京の南部は次第に荒廃し、盗賊の棲家、さらに羅城門には鬼が棲むと言われるような恐ろしい場所としても描かれます・・・源頼光の四天王の一人、渡辺綱(わたなげのつな)が羅城門に出没する鬼(茨木童子)の腕を切り落とし、またそれを鬼(茨木童子)が、綱の叔母に化けて取り返したという伝説も有名で、観世信光作の謡曲「羅城門」にもなっています。(羅生門では無くて、一条戻り橋が舞台とも伝わります。)
また、「今昔物語」の「羅城門の上に登りて死人を見たる盗人の話」を素材とした芥川竜之介の小説「羅生門」、さらに芥川の小説「藪の中」を羅城門と結び付けた黒澤明の映画「羅生門」で有名になったことから、京都観光で羅城門跡を見に来られる方も多いと思います。

今は石標が残るのみの羅城門跡ですが、平安京を再現する際は無くてなならない貴重な史跡です。
羅城門跡のすぐ南側には、矢取地蔵があり、羅城門の模型が展示されています。(写真)


長くなりそうなので、矢取地蔵は次回に・・・・。

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はじめまして。 この前、東寺に行ってその後羅城門跡、西寺跡へ行こうかな、と思っていたのですが、時間が足りなく断念しました(^^; ガイドブックとかに場所とか詳しく載っていないのでGoogleマップとか用意していたのですが、場所は簡単に探せるでしょうか?

2007/2/12(月) 午前 1:34 [ pip*ap*ppi ] 返信する

羅城門は、東寺の南門を出て前にある九条通を西へ真っ直ぐ約500m行くと、右角に矢取地蔵という小さなお堂があって、そのすぐ横の公園に石標があります。西寺跡の位置は少し説明が難しいですが、矢取地蔵を起点にすると、同じく九条通を次ぎの歩道橋まで歩いて、その手前で右に曲がって三筋目か四筋目で左に曲がると、広い公園があります。その中に石碑がありますよ。(西寺は、東寺の真横から、真っ直ぐ西へ歩いていっても出会います。)

2007/2/12(月) 午前 1:50 [ hir**i1600 ] 返信する

説明ありがとうございますm(_ _)mなんとか行けそうな気がしてきました(^-^) 酒井順子さんじゃないけど、羅城門から昔朱雀大路があった道(今の千本木通)も北上していこうかな、と思っています。 http://andcalypso.exblog.jp/ で京都ブログやってます♪

2007/2/12(月) 午後 2:38 [ pip*ap*ppi ] 返信する

素敵なブログですね。また訪問させていただきます。

2007/2/12(月) 午後 6:39 [ hir**i1600 ] 返信する

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