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北区平野桜木町にある小さな神社、金攫八幡宮(きんかくはちまんぐう)です。
西大路通沿いにあって、わら天神(敷地神社)と平野神社の間に位置しているので、ご存知の方もあると思います。なぜこんな神社を?というご批判の声もありそうなのはわかっているのですが・・・。
実は、現在ネット検索してもこの神社の歴史的なことはまったく不明です。
しかし、昨年末に小さな案内板が張り出されて少し神社の来歴がわかるようになりました。地元でないと得られない情報で、金攫八幡宮の歴史的由来がネット上に登場するのはこのブログが初めてのようなので、採り上げた次第です。
金攫八幡宮は、別名、小北山八幡宮(おぎたやまはちまんぐう)とも呼ばれ、江戸時代の貞享二年(1685)正月に、京都府八幡市の岩清水八幡宮から、祭神の八幡神(応神天皇)を分霊して、現在の地(当時は、葛野郡衣笠村字小北山(かどのぐんきぬがさむらあざおぎたやま)と呼ばれていました)に創建された神社です。
その後はこの地の産土神として、人々の崇敬を集めてきたようです。祭神は、もちろん応神天皇ですが、古来、文教の祖、殖産興業の守護神として、また長寿だったことから延寿(寿命を延ばす)の神として拝められました。
創建当時は、この地は田圃の中にわずかな住居が点在するような寂しい場所でしたが、現在は京都市内の西北の一角(京都市北区平野桜木町)となり、多くの人々に親しまれる神社となったということです。また境内の東側には、大きな(高さ8.5m、周囲1.63m)のクロガネモチ(「黄金(こがね)モチ」)の木があり、秋には赤い実を付けます。
本殿は昭和四十二年(1967)秋に改修され、桧皮葺屋根から銅葺屋根に改め現在に至っています。また境内には稲荷神社も祀られています。
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だめもと?で「金攫八幡宮」をキーワードに検索したら、なんとありました。私はこの近くに住んでるのですが、神社の西隣にある西徳寺の地蔵について調べてるうちに辿りついた次第です。
ご参考:
http://aperture.exblog.jp/7436286/
2007/9/26(水) 午後 7:54 [ camera_works ]
アクセスありがとうございます。西徳寺というお寺については知りませんでした。金攫八幡宮は通りに面していて割りと目立つので気になっていました・・・京都にお住まいの方以外には全く縁の無いような史跡ですね。
2007/9/26(水) 午後 8:35 [ hir**i1600 ]