京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

金閣寺・大徳寺・鷹峯他

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大徳寺の塔頭、興臨院は、通常非公開寺院ですが、近年公開の機会を増やしているようで、昨年秋に続いて、現在も冬の特別公開をしています。
(また今年の春3月〜5月にも、黄梅院と共に特別公開するらしいです。)
ブログを始める前の一昨年秋、特別公開で初めて行った塔頭ですが、その時は写真撮影禁止だったので少し印象が薄れてきていました・・・それで再度訪れた所、この度は写真撮影出来るようでした。





興臨院は、室町時代の大永年間(1521〜28)、能登の守護大名・畠山義総が、大徳寺の第86世小渓紹怤和尚(仏智大通禅師)を開祖として建立し、以後畠山氏の菩提寺になっています。また、寺号の興臨院は義総の法名から名付けられました。
本堂は創建直後に焼失し、すぐ再建されたもので、現本堂は天文二年(1533)頃の再建で、唐門(玄関)、表門が重要文化財に指定されています。また畠山家の没落後、天正九年(1581)、前田利家によって本堂の屋根の修復が行われ、以後前田家の菩提寺となりました。
昭和五十年(1975)より3年間の解体修理により、本堂、唐門(玄関)、表門が再建当時の姿に復旧され、この時に庫裡が新築されました。





本堂は、室町時代の方丈建築様式の特徴を残した一重入母屋造りの桧皮葺です。江戸期の建築より屋根が低く、素朴で落ち着いた姿をしています。また、内部には日本で最初という床の間があり、方丈内の天井は、「響き天井」になっていて、手を叩くと音が反響します。
本堂は、江戸期の名勝図絵によると、狩野元信や土佐光信などの墨絵や彩色障壁画が飾っていたようですが、幕末から明治維新の混乱期に失われたということです。さらに、表門(重文)は、桧皮葺きの平唐門で大徳寺山中でも有数の古い門になり「興臨院の古門」として知られます。唐門(重文)も唐破風屋根の桧皮葺で、室町期の禅宗建築様式らしい特徴を表しています。

また、茶室の涵虚亭(かんきょてい)は、昭和初期の建築ですが、蘇東坡(そとうば)の詩から名付けられた武家茶道を広めた古田織部好みの四畳台目に隅板を加えた茶室です。
特徴は給仕口を入った所が板敷きになっていることや、給仕口の右がすぐ床の間になっていて、床の間の半分が壁によって隠され、洞床(ほらどこ・床の前に袖壁が出ているために中が洞の様に見えることから)になっているなどがあります。





方丈前庭は、方丈の解体修理完成時に資料を基にして復元された彼山水庭園です。
古代の中国の天台山・国清寺の石橋を模して作庭され、石組と松により理想的な蓬萊世界を表したものと言うことです。庭の西(右)には貝多羅(バイタラ)樹という樹木が植えられています。和名で多羅葉(たらよう)という樹ですが、この貝多羅(バイタラ)とはサンスクリット語で木の葉の意味で、古代インドで経文を書写するために、その葉が用いられ珍重されてきた木ということです。
その他、寺宝として中国元時代の長成作の銘のある「椿尾長鳥模様堆朱盆(つばきおながどりついしゅぼん)」があり、重要文化財に指定されています(京都国立博物館委託)、墓地には畠山家歴代の墓や久我大納言家の墓等があるようです。





興臨院は、改築されたために新しく綺麗な雰囲気のお寺です。
庭や茶室の細部など魅力的な所はあるのですが、常時公開されている他の大徳寺の塔頭に比べるとやや個性が弱い印象があります。まずまずという感じでしょうか。

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