京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

金閣寺・大徳寺・鷹峯他

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大徳寺の塔頭、龍源院は特徴ある5つの枯山水庭園があることで知られています。
堂内も寛げる雰囲気があり、大徳寺山内でも人気のある塔頭の一つです。ここは個性豊かな庭を中心に2回に分けて掲載してみます。




龍源院は、文亀二年(1502)に、能登(石川県)の大名・畠山義元が、周防(山口県)の大内義興、豊後(大分県)の大友義親の協力を得て、東渓宗牧(とうけいそうぼく・仏恵大円国師)禅師を開祖として創建したと伝わります。尚、創建年代については、より遅い永正年間(1504〜21)という説もあります。
開山の東渓宗牧は、大徳寺の開山・宗峰妙超(大灯国師)より第八世の法孫になり、大徳寺四派の南派を創始した名僧で、それ以降、龍源院は南派の本庵となっています。(尚、他の大徳寺四派は、北派(大仙院)、龍泉派(龍泉庵)、真珠派(真珠庵)になります。)





また、「龍源院」という寺号は、大徳寺の山号「龍宝山」の「龍」と、中国宋時代に日本に伝来した24流の臨済禅の内で唯一存続している「松源一脈(南宋の禅僧・松源崇岳(しょうげんすうがく)の禅を継承する流派)」の「源」の2文字を採って名付けられたと言われています。
その後、明治初期の神仏分離によって、大阪・住吉大社の社内にあった慈恩寺と、岐阜高山城主・金森長近が、主君織田信長の菩提を弔うために大徳寺内に創建した金竜院(慶長年間(1596〜1615)に、現在の紫野高校付近に建立)とを合併して、今日に至っています。

龍源院の方丈(一重入母屋造、桧皮葺)、玄関(一重切妻造、、桧皮葺)、表門(四脚門切妻造、桧皮葺)は全て、創建当時のもので、室町時代最古の方丈建築の一つとして重要文化財に指定されています。また開祖東渓禅師の塔所の開祖堂は、古式に基づいて昭和に建てられたものです。





さて、一番の見所の庭園ですが、方丈を中心に東西南北の四方に、南庭、北庭、東の壷石庭、開祖堂前庭、及び庫裡南軒先の計5つの庭があります。
今回は、南庭と開祖堂前庭を、次回は北庭、東の壷石庭、庫裡南軒先の庭を採り上げます。

方丈前庭(南庭)は、「一枝坦(いつしたん)」と名付けられた枯山水庭園です。
開祖東渓禅師が、師の実伝宗真和尚から賜った室号「霊山一枝庵」にちなんで名付けられたということです。この「一枝担」にはかって樹齢七百年を超す中国種の山茶花(さざんか)の「楊貴妃」という老木が花を咲かせていましたが、昭和五十五年(1980)に惜しくも樹齢尽き枯れてしまったということです。そこで御住職が、禅宗様式の端的な枯山水として、自身設計・監督して作庭したのが現在ある蓬莱式庭園です。
庭の中央右の高い石組が蓬莱山で、右隅の石組みが鶴島、左の丸い大きな苔山が亀島、白砂が大海原を表しています。蓬莱式庭園の伝統を残しながらモダンなイメージを取り入れた面白い庭だと思います。

また、方丈の西側には、インドの鶏足山から名付けられた開祖堂の前庭「鶏足山(けいそくせん)」があります。木々が茂り、苔の中に開祖堂へ石畳が続きます。この庭のアクセントになっているのが元大宮御所にあったという桃山型の石灯籠です。(写真)



次回に続けます。

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