京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

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右京区太秦森ケ東町にある木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)は、通称、「木島神社(このしまじんじゃ)」、「蚕の社(かいこのやしろ)」と呼ばれています。
特に、「蚕の社(かいこのやしろ)」という名前は、京福電車の駅名にもなっているので広く知られています。推定面積11.131屬濃堝發涼羞クラスの神社という印象です。





祭神は、天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)、大国魂神(おおくにたまのかみ)、穂々出見命(ほほでみのみこと)、鵜茅葺不合命(うがやふきあえずのみこと)の四神です。
神社の創建年代は不明ですが、「続日本紀」の大宝元年(701)4月3日の条に、この神社名が記載されていることから、それ以前に祭祀されていたことがわかるようで、京都市内でも最古の神社のひとつです。
木嶋坐天照御魂神社という長い社名は「木嶋に鎮座する天照御魂神を祀る神社」という意味で、この天照御魂神(あまてるきたまのかみ)という太陽神が祭神のどの神と関係するのかは諸説あるようですが、主祭神の天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)が宇宙根源の神ということから一般的に関連付けられています。そして広隆寺の創建と共にこの地に勧請されたとも考えられているようです。






また、本殿の東には摂社の蚕養神社(東本殿)が祀られていて、「蚕の社」はこの蚕養神社にちなんだ社名です。元々、かって山城国葛野郡と呼ばれた嵯峨野・太秦一帯は、古墳時代に大陸から渡来して、この地を開墾し養蚕・機織・製陶などの当時の先端技術を広めた秦氏の勢力範囲でした。
「太秦」という地名の起こりについては、「日本書紀」の伝承では雄略天皇の時代(1500前)、秦酒公(はたのさけのきみ)が呉国(現・中国南部)より工女の漢織(あやはとり)・呉織(くれはとり)を日本に召し、秦氏の諸族と共に数多くの絹、綾を織り出して朝廷に献上したことにより、「禹豆麻佐(うぶまさ)」の姓を賜わったとも伝わります・・諸説ありますが、これがこの地が太秦と呼ばれるようになったという一番知られている説のようです。
そして、推古天皇の時代に、秦氏が養蚕、織物、染織の祖神を勧請したのが、この神社ということで、今でも製糸業者の信仰を集めています。

その後、木嶋坐天照御魂神社(蚕の社)は、平安時代には延喜式内社に選ばれ、「日本三代実録」や「梁塵秘抄」などの文献から、古くより祈雨の神として信仰が厚く、参詣の人も多かったことがわかるということです。現在の社殿は明治以後のもので、本殿・東本殿・拝殿などがあり、末社の白清社、稲荷社等があります。

木々に覆われた本殿の西側には「元糺の池」という神池があり、嵯峨天皇の時代に下鴨(下鴨神社の糺の森)に移してから、「元糺(元糺の森)」と呼ばれたと伝わります。
「糺」には、「正しくなす」「誤りを直す」の意味があり、この神池は身滌(罪や汚れのある際に心身を清める)の行場ということで、夏季土用の丑の日には、この池に手足を浸すと諸病によいという庶民信仰があるということです。この神池は一年中清泉が湧く由緒ある池でしたが、近年まったく枯れてしまいました。これは京都市の地下深くに広がる地下水脈が、地下鉄の開通等により影響を受けたためと考えられています。





また、この池中には、全国唯一という(実際は現在、全国に数ヶ所あるようですが、古いものでは一番のようです)明神鳥居を三つ組合せた珍しい石鳥居(三柱鳥居)があります。
この神社に来られる方は、この鳥居がお目当ての方が多いようで、京都御苑内の厳島神社の唐破風鳥居(前にブログに登場しています)、北野天満宮の伴氏社の鳥居と共に、京都三鳥居のひとつに数えられています。
この鳥居は、神池の上段にあって近くに寄ることは出来ないですが、組み合わせた鳥居の中央の組石は、本殿ご祭神の神座で、宇宙の中心を表し、どの方向からも拝することが出来るよう建立されているようです。鳥居の創立年月は不詳ですが、現存のものは、天保ニ年(1831 享保年間(1716〜35)に修復とも)に再興されたものと伝わります。この不思議な鳥居に関しては、景教(キリスト教一派、ネストリウス派。約1250年前に伝播とも)の遺物とか、その他想像力をはたらかせた諸説があります。

また、木嶋坐天照御魂神社神社(蚕の社)の境内全域が、京都市内でも最古の神社の一つとして、清泉の涌く境内や森に囲まれた古来の姿をよくとどめていることから、秦氏との関連を含め、大へん貴重なものとして京都市の史跡に指定されています。





木嶋坐天照御魂神社神社(蚕の社)は境内全体が木々に覆われて静かな雰囲気です。神池の三柱鳥居などからは神秘的な古代の信仰形態を感じさせてくれる気もしました。平安京以前の京都の歴史を伝えている貴重な史跡としても大事にしたいです。

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懐かしいです! 森ケ西町に実家があります!昔は土用の丑の頃夜店が 毎年ありましたよ〜〜先日の双ヶ岡もS30年代の頃は遊び場でした!! 今度行った時〜登ってきます〜〜 削除

2007/3/4(日) 午前 11:15 [ ハイジ ] 返信する

ハイジさん、良い場所にお住いになっていたのですね。私はあまり精しくなのですが、どこか懐かしい雰囲気のある場所ですね。

2007/3/4(日) 午後 0:00 [ hir**i1600 ] 返信する

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すごく気になる鳥居です。じっくり見たいと思います。 三柱鳥居の周りに水がない!! 季節によっては水が湧くとか?もうこのままなのかな・・・・・

2007/3/5(月) 午前 4:41 [ sak*ra8**kik*777 ] 返信する

鳥居は面白いですね。 この前に神社の宮司さんがNHKの番組で言っていたのですが、残念ながら水は枯れてしまってもう出ないようです。こんな事は初めと言っていました。これも現代人が地下鉄を作ったり色々好き勝手に自然破壊していることが原因のようです。大雨でも来ないと池は見られないでしょうね。

2007/3/5(月) 午後 6:18 [ hir**i1600 ] 返信する

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