京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

清水寺・三十三間堂・東福寺他

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東山区大和大路通四条下ル小松町山にある禅居庵(ぜんきょあん)は、建仁寺の塔頭のひとつですが通常非公開です。
しかし、境内にある摩利支尊天堂(まりしそんてんどう)は自由に参拝出来ます。摩利支尊天がなまって「まるしてん」とも呼ばれ、地元の人や祇園の花街からのお参りが多いお寺のようです。また日本三大摩利支天の一つ(他は、徳大寺(東京)と宝泉寺(金沢))にも数えられています。




摩利支尊天堂は、鎌倉時代末の嘉暦二年(1327)年、元(中国)から日本に請来されて、後に建仁寺第二十三世となった清拙正澄(大鑑禅師)が、日本に渡る際に携えた自作の「摩利支尊天像」をこの地に祀ったのが始まりとされます。寺院としての禅居庵は正慶二年(1333)、鎌倉南北朝時代の信濃守護・小笠原貞宗が、清拙正澄(大鑑禅師)を開山としてこの地に創建しました。
その後、禅居庵は応仁の乱で荒廃し、天文十六年(1547)に再建されました。
所蔵する紙本墨画松竹梅図は海北友松筆で重要文化財に指定され、また境内墓地に開基の小笠原貞宗の墓があります。現在の摩利支天堂本堂は、織田信長の父、信秀が天文十六年(1547)に寄進したと伝えられ、平成七年(1995)に改修され、鎌倉時代後期の禅宗仏殿の様式を伝えるものとして京都府指定文化財に指定されています。




さて、摩利支尊天は、陽炎(かげろう)を神格化したインドの女神です。
ゆらゆらと消えていく陽炎の不思議な様子から、身を隠し災難を除き、また利益を増す神としてインドで民間信仰され、その後仏教に取り入れられ中国を経て日本に伝来しました。
日本では摩利支尊天は中世以降武士の守護神として崇められ、また江戸時代には開運勝利、七難除けなど庶民の信仰を集め現在も多くの参拝があります。摩利支尊天は、三つの顔と六本の腕を持ち、頭には宝冠、身には甲冑を着け、七頭のイノシシに乗る姿で表されています。
この禅居庵の摩利支尊像は、十二年毎の猪年に本尊の御開帳があり今年正月に公開されたということです。また、境内には摩利支尊天の使者のイノシシの像がたくさんあります。

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閉じる コメント(4)

ここ好きなんですよ〜(^^)。いかついのからカワイイのまで、いろんなイノシシがいっぱいですね!

2007/3/24(土) 午前 1:18 [ gdcsj705 ]

今年の干支にゆかりのお寺ですので初詣に行きました。普段はわりとひっそりとしてますが、さすがに参拝客は多かったです。

2007/3/24(土) 午前 7:18 みのX

ななまるこさん、ここのイノシシ達も個性があり表情豊かですね。大豊神社の動物たちの像と並んで坊物好きにもお勧め。

2007/3/24(土) 午後 0:25 [ hir**i1600 ]

みのXさん、今年は十二年に一度の大繁盛ですね。建仁寺の境内にもこのお寺の宣伝らしきポスターがいっぱいです。

2007/3/24(土) 午後 0:27 [ hir**i1600 ]


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