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前に、少し鳥居元忠の墓について書いた百萬遍知恩寺ですがまとめてみます。
左京区田中門前町にある百萬遍(百万編)知恩寺は、通称、百万遍と呼ばれます。また、今出川通と東大路通が交差するこの辺りは、百萬編知恩寺があるため、地域の名称では無いのに、自然と「百万編」呼ばれるようになっています。
百萬遍(百万編)知恩寺は、山号を長徳山功徳院という浄土宗の七大本山の一つです。(他は京都の金戒光明寺と清浄華院、神奈川県の光明寺、東京の増上寺、長野の善光寺大本願、福岡県の善導寺)また、総本山・知恩院と合わせて在京四ケ本山(知恩院・金戒光明寺・清淨華院・知恩寺)とも呼ばれます。
さて、承安五年(1175)、法然上人は比叡山を降りて東山吉水に移り念仏布教を始めました。
その後加茂社(上賀茂・下鴨神社)の宮司の懇請により、現在の相国寺の北(上京区今出川通・御所の北側)にあった賀茂社の社域の「加茂の河原屋」と呼ばれる草庵に移住し、布教活動を行いました。この神宮寺の賀茂の河原屋は、他に加茂禅房、加茂の釈迦堂などと呼ばれましたが、これが百萬遍知恩寺の始まりになります。
そして、法然上人死後に、弟子で知恩寺の二世となった勢観房源智上人がここに住持し、法然上人の御影堂を建立し浄土専修念仏道場としました。そして恩を知るお寺として「知恩寺」と名付けました。
元弘元年(1331)、疫病が大流行した際に、第八世善阿上人が後醍醐天皇の勅命を受け、御所で疫病退散の為に7日間籠って念仏を百万編唱えたところ、疫病は治まりました。後醍醐天皇はこの功績を讃え「百萬遍」という寺号を授けたということです。
その後、永徳二年(1382)、足利義満が相国寺を建立することになり、知恩寺は一条通小川(後所の西・堀川通の東)移りますが、応仁の乱で類焼します。その後も天文法華の乱や火災で焼失し、天正18年(1590)に豊臣秀吉の命で寺町(現梨木神社付近)に移しました。寛文元年(1662)に二条城からの出火に類焼した後、翌二年(1663)、第39世光誉満霊上人が現在の地に移しました。上人は江戸や諸国に行脚して資金を集め、延宝7年に遂に竣工、その後徐々に諸堂を建立し今日に至ったということです。
境内には、巨大な御影堂や阿弥陀堂・釈迦堂・鐘楼その他が建ち並んでいます。
境内中央にある御影堂には法然上人の御木像(室町時代)を祀り、山門の右にある釈迦堂は、慈覚大師円仁作で神宮寺時代からの本尊・釈迦如来を安置しています。この釈迦堂は寛文四年(1665)に本堂または祈祷堂として建立されて、後柏原天皇の宸翰「知恩寺」の篇額を揚げ、当初は京都三大釈迦堂のひとつ「今出川釈迦堂」と呼ばれ信仰を集めたということです。尚、左手にある阿弥陀堂は文化八年(1811)の建立で金箔の阿弥陀如来像を安置しています。また神宮寺だった加茂の河原屋時代の関わりから、加茂明神の分社も祀られています。
数度の火災に遭いながらも寺宝類も奇跡的に被害を免れ、「絹本着色蝦蟆鉄拐図」、「絹本着色善導大師像」等数点の重要文化財を含めて多くの文化財を宝物館に収蔵(または博物館寄託)しています。これらは毎年秋の「秋の特別寺宝展」で一般に公開されます。
境内墓地には、開山・圓光大師(法然上人)の御廟(写真)、皇族の後西天皇皇子・凉月院、後西天皇皇女・萬宮、後西天皇皇女・香久宮の墓(写真)等があり、特に歴史ファンは、徳川家康の武将・鳥居元忠の墓を訪れます。(写真 前にも書きましたが再度掲載します)
鳥居元忠は、京都観光の際に「血天井」で良く耳にする武将です。京都の観光寺院・・養源院、源光庵、正伝寺、宝泉院、興聖寺等には伏見城の遺構「血天井」が残されています。
鳥居元忠は、徳川家康の幼少期からの譜代の家臣で、関が原の戦いの際、家康は越後の上杉景勝征伐のため、この61歳の老将を伏見城に残して全軍で東下します。家康留守に乗じて、石田三成が西軍諸将と兵を挙げることを予測しての行動でした。西軍がまず狙うのはわずかの手勢の伏見城で、そこを任せられるのは捨石となって命を捨てる人物・・三河武士の典型ともいうべき鳥居元忠が適任だったようです。さて西軍の大軍が伏見城に包囲を開始し、元忠はもちろん降伏拒否し、西軍は総攻撃をかけます。わずかの兵しかない鳥居元忠は孤軍奮戦するもあえなく敗れ切腹しました。戦後家康が鳥居家に篤く報いた事はいうまでもありません。こうして鳥居元忠は、知恩寺の墓地で眠っています。
その他、知恩寺の祭事として、「大念珠繰り」があります。御影堂に安置されている堂内を一周する110mという世界最大の数珠を参拝者が持って念仏を唱えながら回していくと云うもので、大晦日や毎月15日にも行われます。
また、もうすぐ、3年に1度行われる盛大な祭事があります。(ポスターを参照)
日本三大練り供養の一つである「二十五菩薩お練り供養」です。前に泉涌寺即成院の「二十五菩薩お練り供養」を採り上げましたが、こちらは、岡山県無形文化財指定誕生寺のの練り供養が特別出開帳で行われます。3年に1度なので機会があれば京都観光のついでにご覧ください。
最後に、知恩寺は普段は観光客はほとんどいませんが、地域の人にたいへん親しまれているお寺です。毎月15日には「知恩寺手作り市」として境内で約350店の手作りフリーマーケットが開催され、他に「古書店即売会」も知られます。
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