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現在、哲学の道から一筋東にある霊鑑寺が特別公開されています。公開期間(3/31〜4/8)
霊鑑寺は通常非公開ですが、春秋に特別公開されていて、特に椿の名所として定評があるので春がお勧めです。(紅葉の名所は他にも多いので)
格式の高い門跡尼寺らしい落ち着いた雰囲気が味わい深く必見のお寺です。
今回は境内全般、次回に椿の写真を掲載します。
さて、左京区鹿ケ谷御所の段町にある霊鑑寺は、円成山と号する臨済宗南禅寺派の門跡尼寺です。
創建は、江戸初期の承応三年(1654)に、後水尾天皇の勅許により皇女の多利宮を開山として建立しました。以降、明治時代まで代々皇女や皇孫女が入寺したので、「谷の御所」、「鹿ヶ谷比丘尼御所」と呼ばれて来ました。こうした縁で、寺には歴代天皇の宸翰や親王や宮家の真筆、200点に及ぶ御所人形など天皇家ゆかりの寺宝が多く残されています。
また本尊の如意輪観音像は、霊鑑寺の東方山中にあった如意寺という寺院(廃寺)の本尊だったと伝わり、荒廃して捨てられていたものが後水尾天皇の霊夢に現われて祀られるようになったという伝説があります。
書院・玄関・本堂、表門は全て京都市の指定文化財になっています。
まず、石段を登った所にある表門は、宝暦二年(1752)頃の建立で切妻造本瓦の一間医薬門です。(写真)玄関は、後西院御所旧殿を移築したものと言われます。また本堂は、正面3間側面4間の宝形造で、享和三年(1803)十一代将軍徳川家斉の寄進とも伝えられ、寛永六年(1794)頃の建立と考えられています。(写真)
書院は延宝三年(1675)に造営された後西院御所の御休息所・御番所を貞亨年間(1684〜88)に現在の地に移転したもので、北から上段の間、二の間、三の間が続き一列に並び、二の間から西へ四の間、五の間へと続きます。
上段の間は格天井張りで床や棚、平書院を備えていて、その後増改築が行われているようですが御所の旧殿の遺構をよく伝えています。上段から三の間は金地彩色の障壁画、四の間と五の間は水墨画が描かれていて、寺伝によれば狩野派の作と伝わります。
書院、本堂の前に広がる庭園は、背後の東山連峰の稜線を利用して造られた池泉観賞式庭園です。
中心となるのは書院南面の池庭で、書院と池の間に白砂が敷かれ、池の東南に滝石組があります。かっては山から谷水が流れ落ちて、池には水が満ちていたようですが現在は枯れています。書院の東側と本堂の間の崖地は石組で土留され石階段を設け通路にしていて、さらに本堂の北へと庭は続いていて結構広いと感じます。
また、境内は、春は椿とつつじ、秋は紅葉が彩りますが、特に椿の種類は30種類以上で、春には庭内は椿の花でうずめられます。特に京都市指定の天然記念物の「日光椿」は、後水尾天皇遺愛とも伝えられ、雄しべが小さな花弁状になって円形にまとまる「カラコ咲き」という品種で樹齢300年以上という原木に近いたいへん貴重な品種として知られます・・・次回に写真をたっぷり掲載します。
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苔むしていて、いい感じですね。日光椿・・・なるほど。
2007/4/2(月) 午後 6:32 [ bear2006bear ]
BEARさん、コメント頂きましてありがとうございます。ここには大きな外国産らしい椿もあって椿にも色々あるのだなあと少し感心しました。
2007/4/2(月) 午後 7:32 [ hir**i1600 ]
霊鑑寺。サ参詣してきました。
トラバさせていただきます。
2007/11/29(木) 午後 2:12 [ 五所 光一郎 ]
霊鑑寺は風情があって良いお寺ですね。リピーターも多いらしいですよ。
2007/11/29(木) 午後 8:05 [ hir**i1600 ]
うちら夫婦も今年、霊鑑寺に行きますよ
2011/10/9(日) 午前 8:26 [ リリー ]
落ち着いた雰囲気があって、京都で椿で知られる寺院としては、一番好きかもしれません。
2011/10/14(金) 午後 0:12 [ hir**i1600 ]
良い写真を見せて頂きありがとうございます。
また、参ります。
よろしくお願いします。
2013/2/26(火) 午後 6:40