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少し小さなお寺ですが、山科では紅葉の隠れた名所として知られる「山科聖天(双林院)」を採りあげました。
山科区安朱稲荷山町にある山科聖天(やましなしょうてん)は、正式には護法山双林院という、天台宗の毘沙門堂(護法山出雲寺)の塔頭寺院です。
前にブログに登場しました毘沙門堂は、戦乱により京都各地を転々とした後に、寛文五年(1665)に、後陽成天皇の勅により、徳川家から山科の安祥寺領の一部を与えられ、天海大僧正、後継の公海大僧正によって、現在の地に再建されました。このお寺も同年に合わせて再建されました。
当初は本尊には、滋賀県の「湖東三山」の西明寺から迎えられた阿弥陀如来像(藤原時代の「光坊の弥陀」と呼ばれました)を祀っていましたが、明治元年(1868)に聖天堂を建立し、門主の公遵法親王の念持仏「大聖歓喜天」を賜り本尊としました。多くの信徒・寺院から奉納された聖天像を祀し、今では「山科の聖天さん」と親しまれています。その他動明王や阿弥陀如来像を祀ります。
さて、毘沙門堂から西に山沿いに歩くとすぐに鳥居があります・・ここは寺院ですが神仏習合を浸透させた密教寺院のため鳥居が建てられています。本尊の聖天、つまり大聖歓喜天は、元々インド伝来の密教神で、十一面観音と大日如来の化身の姿として、頭は象、体は人間の形をしています。二体が向かい合って抱擁していることから男女合体神、陰陽和合の神として知られます。
本堂の中央内陣中央には、厨子に納められた秘仏の本尊聖天像が安置されています。聖天の供養は浴油と言って、尊像に油を注いで供養しますが、両脇には油をかけて祈祷する際の金銅の像が納められています。(特に11月に1年の締めくくりに、大浴油会として特別浴油が行われ、紅葉の盛りの園遊会が行われています。)
また後檀の中心には、聖天のご本体である十一面観音菩薩を祀り、両脇には創建当時から今日にまで、各方面から奉納された聖天像(客天と言います)を70数体合祀していて、その中には武田信玄が出陣の際、兜に入れていたと伝えられる聖天像もあります。
境内の正面には特徴ある不動堂があり、堂内で大護摩が炊けるように特殊な構造をしています。
この不動堂の本尊・不動明王像は桃山時代の作と伝えられ、比叡山の千日回峰行者だった第二十四代住職が、明治十六年(1883)に比叡山無堂寺から勧請したものです。脇仏に四大忿怒像を従えた姿ですが、珍しいのは仏像の寄せ木でできている点のようです・・愛染明王や馬頭観音(平安以前の作).その他複数の仏像が巧みに組み合わされて造られたもので、その数は300部材に及ぶと言うことです。
特に頭部には如来の螺髪があり、その頂点には楊枝状の部材が約100本納められているという他に例の無い珍しい仏像です。(写真)
織田信長の焼き討ちにより損傷した多くの仏像を、当時の仏師が二度とこのような悲劇が起きないように、不動明王像として甦らせたとも伝えられています。また、その他境内には不動滝等があります。
小さなお寺ですが、毘沙門堂のついでに寄っても良いかもしれません。
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もう10年くらいここを訪れてないですが、昔は毘沙門堂の紅葉を撮影に行ったついでによく行きました。紅葉は毘沙門堂のものより紅く綺麗でした。
2007/4/19(木) 午前 10:49
みのXさん、私は山科方面は数回しか行ったことが無かったのですが、色々穴場はありそうですね。また秋にでも行ってみたいです。
2007/4/19(木) 午後 6:08 [ hir**i1600 ]