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北区鷹峯北鷹峯町にある円成寺(圓成寺)は、「洛陽十二支妙見めぐり」の一つ、鷹峯の岩戸妙見宮として知られるお寺です。紅葉の隠れた名所でもあり、向かい側にある光悦寺のついでに寄ってみたいお寺です。
「洛陽十二支妙見めぐり」については、これまでに少し書きましたが、京都御所の紫宸殿を中心に、十二支の方角に祀られている12の寺院の妙見大菩薩をめぐり開運、厄除けを祈願するもので、江戸時代に大流行しました。その後衰退しましたが、近年復活されています。(「洛陽十二支妙見めぐり」のお寺については、これまでに導入寺、満願寺、霊鑑寺、三宝寺、本満寺を採り上げました)
円成寺は、清雲山円成寺と号する日蓮主のお寺です。平安時代、平安京の四方には王城鎮護のために妙見大菩薩が祀られていましたが、特に、大極殿から北に位置するこの鷹ヶ峯一帯は、「北山」と呼ばれる聖地で、霊巌寺(れいがんじ)という官寺が建てられ、平安京の総鎮守の妙見大菩薩が祀られていたということです。その後衰退しますが、江戸時代の寛永七年(1630)に日蓮宗の本山・本満寺二十一世圓成院の日任上人が、巌門玄武神(いわとげんぶじん)の霊夢を感じ、また一条家に請われて、平安時代以来の霊地のこの鷹ヶ峯の地に円成寺を創建し妙見霊場を復興しました。
さて、山門から真っ直ぐに参道が続き、正面に岩戸妙見宮(妙見堂)、左手に本堂、その他幾つかのお堂が立ち並んでいます。正面に妙見宮があるように、このお寺は本堂よりも妙見堂を主殿としてきたお寺です。
この境内の中央にある岩戸妙見宮(妙見堂)は、後ろが古墳状の石窟造りの珍しいお堂です。
内陣には大亀の背に足を踏まえ、右手に剣を左手に蛇を握り、頭上に北斗七世を戴いた六尺余の石造「岩戸妙見大菩薩」が祀られています。毎月1日、15日が縁日で開扉日とされ特別祈祷が行われています。
先程書いたように、円成寺では長く岩戸妙見宮が主殿で、庫裡が寺の本堂を兼ねていましたが、昭和十八年(1943)に、第十八世清蓮院・日明上人が信徒の外護を得て現在の本堂を竣工しました。しかしこの時の過労から日明上人は間も無く亡くなったと言うことです。本堂には一塔両尊の三宝尊と四菩薩(一塔両尊四士)の本尊と宗派・日蓮上人像が祀られています。
境内には常富殿(つねとみでん)、大国殿、巖戸(いわと)の滝、秋山自雲霊神(痔の神)等が点在しています。この内、常富殿(現社殿は昭和三十三年(1958)に信徒の寄付により建設)は、この地の地主神の木造常富稲荷大明神像を祀ります。この鷹ヶ峯の地は、妙見大菩薩の他にも、愛宕神社の旧地でもあり、式内社の葛野郡天津石門別稚姫神社(かどのぐんあまついわとわけわかひめじんじゃ)があり、また北山神の勧請地でもあった聖地ということで、日任上人が円成寺を創建した際に、この地の地主神として常富稲荷大明神を祀り、また巖戸(いわと)の滝を築造し修行したと伝えられます。
他に、面白いのは痔の神様の秋山自雲霊神です。
秋山自雲(しゅうざんじうん・あきやまじうん)は、本名は、岡田孫右衛門といい、江戸時代に摂津国に生まれ、後に江戸霊厳島の酒問屋・岡田家の下で奉公して見込まれて岡田家を継ぎました。晩年悪質な痔のために苦労し、様々な治療も効果が無く、剃髪し浅草本性寺に篭り病気祈願に努めましたが完治しないまま45歳で亡くなりました。死の前に「自分が死んだ後に、痔病に苦しんでいる人を救いたい」と語り、以後、各地に痔の神様として祀られたようです。現在も全国各地で秋山自雲は祀られているようです。
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こんにちは。妙見宮を検索していてお邪魔いたしました。京都の社寺を勉強しておりますので時々お邪魔させて頂きたいと思います。よろしくお願いいたします。
2014/8/30(土) 午後 3:46 [ 庭園&公園を歩く(東京の四季) ]