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京都市左京区大原は、元々平安時代に「声明(しょうみょう)」の根本道場・聖地として栄えた地でした。寂光院を除くこの地の観光寺院(三千院、来迎院、勝林院、宝泉院、実光院)は、全てこの声明道場に関係するので少しその当りのことについて書いてみます。
「声明」とは、仏教経典などに節を付けて歌う仏教音楽で、その起源はインドの仏教誕生時代に溯るとも言われ、梵歌とも呼ばれていたようです。その後、奈良時代から平安時代にかけて中国経由で日本に伝えられ、日本でも様々な宗派で伝承されましたが、現在では「天台声明」と「真言声明」が主流となっています。大原で伝承されてきた天台声明は、平安時代に比叡山延暦寺の慈覚大師円仁が中国から伝えたもので、「魚山(ぎょざん)声明」とも呼ばれました。「魚山」とは、中国の山東省にある声明の聖地のことで、比叡山の西麓(現在の大原の東)の山々が中国の「魚山」に似ていることから名付けられたと言われ、今も三千院以下の寺院の山号として伝わっています。
また、大原では三千院を挟んで二つの小さな川が流れていて、北を流れる川は律川(りつせん)、南が呂川(りょせん)と呼ばれていますが、これらは声明の呂(呂旋法)と律(律旋法)に因んだ名前になります。(尚、この呂と律の節回しの使い分けが出来ないことから「呂律(ろれつ)が回らない」という言い回しが生まれたと言われています。)どちらの川も紅葉に映え、特に律川に架かる赤色の萱穂橋の辺りは絵になります。(写真1は来迎院付近の呂川、写真2は律川の萱穂橋辺り)三千院や実光院の庭園は律川の水を引き入れたものでもあり、前回に採り上げた「音無の滝」もあって大原を歩くと水の郷という印象も持ちます。(それと大原と言えば柴漬けですが・・四方を山に囲まれた盆地のために昼夜の寒暖が激しく、さらに水質にも恵まれているために紫蘇が良く育つことは知られています。)
ついでに、寂光院の参道付近にある水に関する小さな史跡も掲載します。
「朧(おぼろ)の清水」は建礼門院ゆかりの泉で、建礼門院が、朧月夜に自身の姿を映したとされる泉です。また、「落合滝」は、建礼門院の「ころころと小石流るる谷川の かじかなくなる落合の滝」の歌で知られている小さな滝です。(写真)
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