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伏見区日野から小さな寺院と神社を採り上げました。
マイナーな史跡で私も初めの場所ばかりですが、このブログのネタ探しをしていると、時々意外な史跡に出会えるのは楽しいです。
尚、日野の史跡めぐりには、市営地下鉄を使うと便利なようです。地下鉄石田駅で下車し、東へ真っ直ぐ15分(1キロ)程度で歩けば、法界寺や日野誕生院等の史跡が狭い範囲に立ち並んでいます。
法界寺へ向かう途中、まず出会うのが日野西大道町にある恵福寺 (えいふくじ)です。
一見、地味な見過ごしてしまうようなお寺ですが、巨大な地蔵菩薩像を所蔵し、春の桜の隠れた穴場でもあるようです。(写真)
京都市の観光情報によると、恵福寺は鎌倉時代後期に天台宗寺院として創建され、江戸時代の慶長三年(1598)に浄土宗に改めました。また、現在の本堂は約100年前に現在地に移築されたということです。本堂には、平安時代の作という木像阿弥陀如来立像と木像地蔵菩薩像があり、特に地蔵菩薩像(安産祈願で「腹帯地蔵」と呼ばれているそうです。)は、寄木造の丈六の巨像で他に余り無いものということです。写真で見ると確かに巨大な仏像で一見に値するようです(拝観希望者は、事前予約すれば見せていただけるようです。)
また、境内には高さ9m、幹周1.4mのシダレザクラがあります。苗木から大切に育てられてきたと伝えられ地域もシンボル的なサクラのようで、春に夜間ライトアップもされて観光客も集まるということなので、機会があれば桜の頃に寄ってみたいです。
続いて、日野畑出町にある萓尾神社(かやおじんじゃ)です。
萓尾神社は、法界寺や日野誕生院の北東、鎮守の森の中に佇んでいる小さな神社です。参道付近は木々に囲まれ、森を抜ける涼しい風が心地良く感じました。
神社の祭神は大己貴命(おおなむちのみこと 大国主命)で、奈良時代に溯るという説もありますが創建年代は不明なようです。その後、この日野村の産土神として崇敬を集めてきたようです。また、江戸時代までは法界寺の鎮守社だったということです。
京都市の掲示板によれば、現在の本殿は法界寺坊中、在所年寄、近在の氏子などによって慶安五年(1652)に再建されたものであり、その後も屋根葺替や彩色等の修理が繰り返されてきたようです。確かに目立った大型の一間社流造で、全体に丹塗りや胡粉塗、極彩色が施されています。この特色ある彩色装飾により、醍醐清滝宮本殿(重要文化財)に相通じる雰囲気を持っているということです。本殿は建築年代が判明していて、造営後の修理についてもほぼ記録が残されていて、近世日野の建築活動を知るうえで貴重な遺構ということです。(京都市指定有形文化財に指定されています。)
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