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北区鞍馬口通寺町西入新御霊口町にある閑臥庵(かんがあん、別名は曙寺=あけぼのでら)は、黄檗宗(おうばくしゅう)の寺院で、拝観者を受け入れているわけでは無いのですが、中国の精進料理の流れを汲んだ「普茶料理」が楽しめるお寺です。
閑臥庵は、山号を瑞芝山(ずいしざん)という黄檗宗寺院です。
元々は、桃山時代の後陽成天皇の皇子で、後水尾天皇の弟・梶井宮常修院宮(慈胤法親王)の院邸だったということです。常修院宮は、天台座主を三度も勤めて、大原三千院の第四三代門跡となった人物です。その後上皇となった後水尾帝が、夢枕に立った父・後陽成天皇の言葉に従って、王城鎮護の祈祷道場として、貴船の奥の院(貴船神社の奥宮)に祀られていた北辰鎮宅霊符神(ほくしんちんたくれいふじん)を勧請し、黄檗宗萬福寺初代の隠元禅師の弟子で六代目の管長・千呆(せんがい)禅師を開山として寺院として閑臥庵を創建しました。
鎮宅霊符神は、元々古代中国の天文思想を採りいれた道教の神で、風水思想から発展した陰陽思想等と共に日本に伝来し、日本の陰陽道でも、北極星や北斗七星を祀る「北辰(ほくしん)信仰」や北辰信仰が仏教と習合した「妙見(みょうけん)信仰」とも結び付いて、十干十二支九星を司る方除け・厄除けの神として祀られました。閑臥庵に祀られている鎮宅霊符神像は、陰陽師安倍晴明の開眼と伝えられています。
後水尾上皇は、この寺院を御所の祈願所と定め、上皇自らが「閑臥庵」と命名し宸筆(しんぴつ)の額を寄せて勅号としました。また、上皇は春、秋に和歌を詠んで寺院の庭を愛でたといわれ、「あけぬとて野辺より山に入る鹿の あとふきおくる萩のした風」などの宸翰等が伝えられているということです。また、上皇は庭前に桜を植えましたが、その後、花を見て、「霞みゆく松は夜ふかき山端(やまばた)の あけぼのいそぐ花の色かな」と詠んだことから、以後、この桜は「あけぼの桜」と名付けられ、寺名も曙寺(あけぼのてら)と呼ぶようになったということです。 この桜は残念ながら、大正十四年(1925)に枯れてしまって、現在の桜は近年に植え替えられたものということです。
小さな境内の正面には鎮宅霊符神本廟があり、宝冠姿の優しげな鎮宅霊符神が祀られています。ここまでは境内自由ですが、廟の西側から奥は「普茶料理」の予約者のみが立ち入ることが出来ます。私も今回ここまでで帰りましたが、後水尾上皇も好んだという、黄檗宗特有の精進料理「普茶料理」は教化の一部として一般に提供されています。
この黄檗宗に代々伝わる中国の精進料理の流れを汲んだ「普茶料理」は、植物油(胡麻油)を使うのが特徴で、薬膳料理に似たものですが、庵主が日本人向きに食べやすい味に仕上げ、見た目も美しいようです。(要予約 夜のお膳は柴膳5000円〜、また昼は弁当が人気なようです。)
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