京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

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日野誕生院

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伏見区日野の法界寺に隣接する日野誕生院(ひのたんじょういん 誕生院)は、親鸞上人ゆかりの寺院として知られ、法界寺を訪問される観光客はこのお寺も合わせて訪れる方が多いと思います。


京都市伏見区日野西大道町にある日野誕生院は、親鸞上人の誕生の地を記念して建てられた浄土真宗本願寺派(西本願寺)寺院です。
法界寺の時に書きましたが、親鸞上人は承安三年(1173)、日野氏一族の日野有範(ありのり)を父にこの日野の里に誕生しました。(母は、清和源氏の八幡太郎義家の孫娘の吉光女(きっこうにょ)と伝えられます。)親鸞上人の幼名は松若丸といい、9歳で粟田口の青蓮院で得度するまでこの日野で過ごしたと伝えられます。

さて、江戸時代末期の文化年間(1804〜17)、西本願寺第十九代宗主・本如上人は、偉大な宗祖・見真大師親鸞聖人(親鸞上人)の顕彰に努め、聖人の誕生地・日野の地を調査しました。そして隣接する日野家の菩提寺・法界寺と交渉し、寺領の一部を本願寺が譲り受けることに成功します。次代の第二十代・広如上人は、先代の遺志を継承して文政十一年(1828)に、法界寺から譲り得たこの地に、親鸞上人の父有範公にちなんで「有範堂(宝物堂)」という一堂を建てました。これが日野誕生院のはじまりです。また文久二年(1862)より親鸞聖人の誕生講をはじめています。
その後、第二十一代宗主・明如上人の時代に、本願寺の飛地境内地として「日野別堂誕生院」と改称されました。大正十二年(1923)、立教開宗700年記念の記念行事として本堂・書院の建築を昭和三年(1928)から開始し、昭和六年(1931)に現在の本堂が完成し、「日野誕生院」と改称されました。また平成十八年(2006)には親鸞聖人750回大遠忌法要の記念事業として本堂と書院の改修が行われています。


本堂は、延暦寺の根本中堂等を連想させる回廊式の古風な建物で、これは親鸞上人誕生の時代の藤原時代様式の建物を再現したものです。中央の厨子には、本尊・阿弥陀如来像を安置し、両脇に親鸞聖人幼童の御影像、父有範公の木像が祀られています。
また、境内には「親鸞聖人童形の像」、親鸞上人が得度の際に詠んだという「明日ありと思う心のあだざくら 夜半に嵐の吹かぬものかは」と刻まれた歌碑があります。(写真)
さらに、境内の誕生院保育園を挟んだ法界寺に隣接する場所には、親鸞上人の産湯に使われたといわれる井戸「親鸞聖人産湯(うぶゆ」井戸」や上人のへその緒が埋められたといわれる「親鸞聖人胞衣(えな ゑな)塚があります。(写真)


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