京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

京都御苑周辺

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上京区新町通今出川下ル徳大寺殿町にある霊光殿天満宮は、徳川家康を合祀する珍しい天満宮です。

平安時代中期の寛仁二年(1018)、菅原道真の六世の孫にあたる菅原定義(義郷とも)が、後一條天皇の勅命により、道真が九州に左遷された際に立ち寄った河内国若江郡の霊跡に神殿を建てたのが始まりと伝えられます。河内若江の地では、天から一条の光とともに天一神・帝釈天が降臨して、「お前に罪は無いので落胆するな。お前が天に召された後、敵たちを滅ぼそう。」と道真に告げたといわれ、「霊光殿」はこの伝説に由来した名称です。

天満宮では若江家が代々の祠官を務め、霊験あらたかということで京都に遷座し朝廷の崇敬を集めました。鎌倉時代の元寇の際には、後宇多天皇が当社で蒙古軍退治の祈祷を行わせたところ、敵船が嵐で壊滅したことから、「天下無敵必勝利運」の宸翰の額を賜っています。その後応仁の乱で社殿が荒廃、社領を失って、東寺境内に遷座しました。

その後、元亀元年(1570)には、徳川家康が当社を参拝し、鎧剣を奉納して天下太平の祈願をしています。以後、家康の援助により天満宮は復興します。江戸時代には跡絶えていた若江家が再興され、塔之段(上京区)に再び遷座します。さらに宝暦十一年(1761)に現在の地に鎮座しました。江戸時代には度々火災に遭って、天保十一年(1840)、安政四年(1857)には朝廷からの援助で社殿を再建、現在の社殿は明治五年(1872)に近衛家の旧鎮守社を拝領移築したものです。尚、若江家再興に尽力した徳川家康は寛永十三年(1636)に合祀されています・・・孫の家光が仙洞御所にあった家康像を、生前に信仰していた当社に移し祭神としたと伝えられます。

境内には、菅原定義(義郷)を祭神とする末社の老松(おいまつ)神社があり、それ程広くない境内ですが、区民の誇りの木になっているクロガネモチ(高さ10m、幹周1.3m)、オガタマノキ(高さ13.5m、幹周2.18m)が枝を張り、小さな憩いの空間にもなっています。

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