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このブログでは、他の人なら無視するような京都の小さな史跡もフォローしていきたいと思っています・・今回は上京区出水通千本東入る西明神町にある桜宮神社を採り上げます。
桜宮神社は本社に天照皇大神、金刀比羅宮、春日大神、八幡大神、稲荷大神、愛宕大神、御嶽大神を、境内摂社に宗像三姫大神(大弁財天)を祀ります。
神社の創建伝説が中々面白いです・・平安時代の醍醐天皇の時代の延喜十年(910)、北野神社(現北野天満宮)右近の馬場の桜の大樹に紫雲がたなびいて、何ともいえない香りが漂い、日輪が降臨しました。この素晴らしい奇跡を記念して、一社を建立し(北野神社総門の外、南北に通る通り辺り)、太陽神である天照皇大神を祀ったと伝えられ、その後、洛陽朱雀の北、近衛の小路(現在地)に遷座しました。尚、創建時は桜宮日降神明と称し、桜葉明神、桜宮とも呼ばれていたようです。
平安時代末期の後白河天皇の時代には、桜町中納言成範が熱心に参詣して霊験があったため、歌を一首献上した記録があります。また、南北朝時代には、足利二代将軍義詮が子宝に恵まれないために桜宮に祈ったところ男子を授かりました。これが三代将軍義満であったために、義満は桜宮を崇敬し南北朝統一を祈念したということです。戦国時代の後奈良天皇の時代には、京の都に疫病が流行し、桜宮で病魔退散を祈念したところ多数の者が病気を免れたとも伝えられます。また、元禄七年(1694)、但馬国の住人・荒木氏の妻が、十年もの間難病に苦しんでいたのが、桜宮の霊験を知って祈ったところ忽ち全快したので拝殿を寄進しています。元禄十六年(1703)には、時の関白・鷹司兼煕(たかつかさかねひろ)が神社に参詣し、桜宮の縁起を記した一巻を奉納しています。(現在も社宝として納められているということです。)
現在は、地元の人以外は立ち寄らないような印象を受ける狭い境内の桜宮神社ですが、創建時以来の天照皇大神の霊験伝承に加え、後世に金刀比羅宮、春日大神、八幡大神、稲荷大神、愛宕大神、御嶽大神が合祀され、また摂社に宗像三姫大神(大弁財天)を祀られているように、これまでに多くの信仰を集めてきたことが想像できます。
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