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観光寺院ではありませんが、京都市北区から少しは目立つ寺院を採り上げました。情報は少ないので簡単に書いてみます。
北区紫竹東栗栖(ひがしくりす)町、北山通りに沿って建つ常徳寺は、山号を知足山という日蓮宗寺院です。元々、平安時代にこの地には「知足院」という大寺院があったようで、清少納言の枕草子にも雲林院(前にブログに採り上げました。)等と共にその名が見られ、また平安末期の近衛天皇が亡くなった際は、遺骸は一旦この知足院に葬られ、その後約5年後に安楽寿院に改葬されています。また、平安時代末期の関白・藤原忠実は「知足院」を邸宅としていたと伝わります。
その後、知足院は衰退したようで、江戸時代の寛永五年(1628)に日奥(にちおう)上人を開基として日蓮宗寺院として常徳寺が創建されます。
日奥上人は「不受不施(宗祖日蓮の教義を遵守して他宗と妥協せず、法華信者以外からの布施を受けず、法華教を広める僧以外には施しを行わないという考え)を主張して、容認派(「受不施派」)と対立したことで知られますが、この主義のために、文禄四年(1595)に豊臣秀吉が催して各宗派に出席を命じた方広寺大仏殿の千僧供養会への出仕を拒絶し、さらに慶長四年(1599)にも徳川家康が命じた供養会にも出席しなかったことから大阪で容認派(「受不施派」)との対論が行われ、日奥は対馬に流罪となりました。(この時は元和九年(1623)に赦免により帰洛。)
そして、寛永七年(1630)には再び「不受不施派」と「受不施派」との対立が起こり、江戸城での対論の結果、日奥らは「不受不施派」は異端として弾圧され、日奥はその首謀者として、この年既に亡くなっていたにもかかわらず、その遺骨は再び対馬に流されたとされました。
さて、常徳寺もこの騒動で一時衰えますが、日猷(にちゆう)上人が金工の後藤氏の帰依を受けて中興に成功します。本堂には「知足院」に祀られていたとされる地蔵菩薩像が安置され「常盤地蔵」の通称で呼ばれています・・・これは、前にブログに書きましたが(「牛若丸誕生井」、「牛若丸胞衣(えな)塚」、「源義経産湯井遺址」)、付近の紫竹牛若町には、その名前通り、平安時代には牛若丸(義経)の父・源義朝の別荘があり、義経の母・常磐御前はこの知足院に安産を祈願して牛若丸(義経)を産んだという言い伝えがあるからです。
その他、本堂には、江戸時代初期に後藤金座の元を開いた後藤長乗(ちょうじょう)像も安置され、墓地には後藤一乗の墓や後藤一族の供養塔があります。
後藤家は室町期に始まる彫金師の家系で、室町時代に始祖・後藤祐乗が足利義政に同朋衆として仕えて以来、江戸時代末期まで金工の第一人者・宗家として栄えました。また分家には金座や分銅役所預り所等の通貨の鑑定の役割も担いました。こうして、江戸時代には後藤家は通貨造幣(金座)の頭役も務め、茶屋家や角倉家と並ぶ京都3長者の1つに数えられる程になりました。
尚、境内墓地に墓のある後藤一乗は、幕末から明治初期に活躍した近代金工界の巨匠です。後藤一乗は寛政三年(1791)に後籐七重乗の次男として生まれました。幼名を栄次郎といい、十一歳から彫金を習い、寛政十一年{1799}に後藤謙乗の養子となり、文化二年(1805)に十五歳で家督を継いで光貨と名乗り、文化八年(1811)に光行と改名します。文政七年(1824)には法橋の位に叙され、翌年(1825)に一乗と名乗りました。文久三年(1863)には法眼に叙されています。明治九年(1876)に八十六才で死去するまで多くの名工を育て、また絵画等にも才能を発揮しました。
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ちょっとご先祖様を検索していてこのページを見つけました。後藤家の者です(現在は伯父が当主)。普通にお墓参りしているお墓がこうして取り上げられているのは不思議な感じです。なお、墓地には一乗の墓と一族の供養塔だけでなく代々の墓もあります。私の祖父母も従兄弟も眠っています。このページを見て「お墓参り行ってこよう。。。」と思いました。
2008/10/2(木) 午前 0:12 [ emm*_*15* ]
ご先祖のお墓なんですね。有名なご先祖をお持ちでうらやましいです。勝手に掲載させていただいておりますが、どうぞよろしくお願いいます。
2008/10/2(木) 午前 8:42 [ hir**i1600 ]
こんにちは☆
突然なのですが、emm*_*15*さまにお伺いしたいのですが、
私は、京都の後藤家を調べていて、こちらに辿り着きました。
そして、後藤徳乗さんの娘さんで、初代となった後藤庄三郎さんと御結婚されたお亀さんという方が、いらっしゃるようなのですが、
その方は、後藤庄三郎さんと、お別れしたようですが、
庄三郎さんとお別れした後、どうされてらしたか、おわかりになりますか・・・また、そのお亀さんという方のお墓も、そちらにあるのでしょうか・・・そうでしたら、ぜひお参りさせて頂きたいのですが、
もし、良かったら、お亀さんが、晩年どうされてらしたのかなども、
教えて頂けましたら幸いです。
突然、このような質問をして失礼致します。
hir**i1600 さんのブログなのに、ごめんなさい。
2010/2/24(水) 午前 10:16 [ su☆ ]