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上京区上御霊前通室町西入玄蕃町にある西林寺は、正式には「羽休山飛行院西林寺(うきゅうさんひこういんさいりんじ)」という小さな寺院で、通称「木槿地蔵(もくげじぞう)」と呼ばれています。
(尚、「羽休山飛行院」というのは、愛宕山の天狗・太郎坊が都見物の際に、必ず西林寺境内にある松(天狗の松と称されます)で羽根を休ませたと伝えられていることに由来するということです。)
西林寺は、現在は普通の民家と変わらない非常に小さな寺院になっていますが、寺伝によると平安時代に遡る古寺ということです。平安時代初期の延暦年間(781〜806)、慶俊僧都(けいしゅんそうず)によって開かれた天台宗寺院と伝わり、慶俊僧都がこの地で朝露に乱れ咲く木槿の草むらから地蔵尊を発見し、本尊としたことによって「木槿地蔵」と呼ばれるようになったということです。そして本尊の木槿地蔵尊は、京都でも知られる名地蔵尊のひとつに数えられています。
さて、西林寺は、かつては広大な寺域を持っていましたが、応仁の乱や天明の大火等によって焼失し、現在のような小さな寺院となっていったようです。また西林寺は天台宗寺院ですが天狗との関わりが伝えられえるように、修験道との関わりが深く、毎年11月23日に本堂前にて採燈大護摩供(さいとうおおごまく)が行われ参拝者で賑わうということです。(尚、天狗が休んだという松の木は台風で倒れ現在は切り株が残るだけになっています。)
木槿(ムクゲ)は、インドや中国の原産で、初夏から秋まで次々と花を咲かせて1日にで萎んでいく花として知られますが、西林寺の狭い境内には15本ほどが植えられています。寺社の境内などでは比較的どこでも見られる花ですが、「木槿地蔵(もくげじぞう)」という名前に惹かれて、夏には境内を覗かれる方も多いようです。また近くにある裏千家の家元も、開花時期には毎朝西林寺に通って、茶家として飾られているということです。
(木槿の花の画像を少し追加しました。)
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